「隊長、引退してゆっくりしたくないですか?」

そんな、命知らずで生意気な口を聞いたのは、報告で隊長室に来ていた騎士団員の青年だった。一年程に怠惰から色欲の部隊に異動してきた彼の名前は、グロリア・キングスコート。確かに隊員の中では飛び抜けて腕が良く戦闘好きというのは噂で聞いていたが、隊長にこのようなことを言う不躾な男という話は聞いていない。三月兎のメイメイは、十年以上も色欲の騎士を務めているベテラン騎士。彼女はグロリアを見定めるように目を細める。笑顔で見つめ返してくるグロリアを見て、食えない奴だと表情を緩めた。

「そうだな。引退して、何も考えずに楽しい事ばかりする生活も、悪くはない」
「悪くないどころか、最高ですよ!だから、ね、メイメイ隊長。僕が、色欲の騎士を継ぎます」

あまりに真っ直ぐ、当然のように語られた言葉に、メイメイは一瞬、それがすでに決定事項であるかのように錯覚してしまった。そのような話は聞いていない。つまりそれは、清々しいほどにはっきりとした下剋上の宣言だった。メイメイは少し考えてから、言葉を紡ぐ。

「まだやるなんて言ってないぞ。この地位は居心地がいいんだ。ここにいるだけで、可愛くて美味しそうな子がコロリと落ちる」
「羨ましいなぁ。正に色欲の騎士ですね。でも、話し合いで譲ってもらえるなんて、最初から思ってません」

グロリアは腰に下げた愛用の太刀の柄を指でなぞるように撫でて、にっこりと邪気のない顔で笑った。それを見ながら、それでこそ大罪の騎士に相応しい、とメイメイも内心ゾクゾクしていた。

「正々堂々、色欲の騎士の座を懸けた決闘を申し込みます。メイメイ・サマーズ隊長」
「…いいだろう、グロリア・キングスコート。私は甘くないぞ」
「大丈夫ですよ。きっと隊長に、楽しい引退生活を送らせてさしあげます」








大罪と美徳の騎士達をはじめ、多くの騎士団員に見守られた決闘場で、先に膝を折らされたのは、メイメイだった。何度か訓練中のグロリアを見たことはあったが、その時とは明らかに動きが違った。想像以上の強さだった。なによりも、耐久力。どれだけ斬りつけても笑顔を絶やさず、むしろ嬉しそうに向かってくるグロリアに、どうしたら負けを認めさせられるのか、勝負の途中からわからなくなってしまったのだ。今も、自らの血とメイメイの返り血で染まったまま、笑顔で、どこか恍惚としたようにも見える表情で立っているグロリアは、狂気的に見えた。

「…はは。私も潮時か」
「メイメイ隊長との勝負…最高にゾクゾクしました」
「ふん、言ってくれるね…頼もしいじゃないか。これから三月兎の称号はお前にやる。色欲の部隊とアリス様と…オトギノクニを、任せたからな。グロリア・キングスコート」

メイメイがそう言うと、グロリアは地面に膝をつき、武器を置き、座り込んだメイメイよりも姿勢を低くして、頭を垂れた。

「メイメイ・サマーズ隊長、お疲れ様でした。後は僕にお任せ下さい」

メイメイはふんと鼻を鳴らして、労う隊員達にヒラリと手を振ると、すぐに決闘場を後にしてしまった。ゆっくりと立ち上がったグロリアは、様々な感情を一身に受け、しばらく呆然と決闘場の真ん中に一人で立っていた。










しばらく惚けた後、グロリアは観客の中に、よく見知った顔を見付けた。

「あ、ラニ隊長」
「怠惰にいた頃から大物だとは思ったけどねぇ」

観客席の一角に、大罪の騎士達が集まっていた。グロリアは武器を持ち、笑顔で駆け寄る。一年前まで世話になっていた怠惰の騎士ラニは、呆れたような感心したような顔をしていた。

「まあ、なんて言うか、お疲れさん」
「とりあえず、血を拭け」
「ありがとうございます。それにしても、楽しい勝負だったなぁ」

嫉妬の騎士ラオザームが、投げ付けるように放ったタオルをキャッチして、グロリアは再び恍惚の表情を浮かべる。血塗れで笑っているグロリアは、一般人が見たら卒倒しそうだ。

「キャロは遅刻して途中からしか勝負を見れていないのですが…前隊長を倒したお力はしっかり見させてもらいました。これから、よろしくお願いします」

暴食の騎士キャロルは、そんなグロリアに平然と、少し眠そうな笑顔を向けた。性壁はともかく、その場の全員がグロリアの強さを認めていた。

「よろしくお願いします…いや、よろしく」

グロリアは頭を下げた後、自信ありげに笑うと、のんびりと決闘場をあとにした。


色欲部隊の昔話


------
グロリアと先代色欲隊長で、世代交代のお話でした。グロリアよりも隊長歴の長い大罪の騎士の、ラニさん、ラオザームさん、キャロルさんのお名前をちょっとお借りしました。
先代三月兎メイメイ隊長はミミロップ♀です。ちょっとやんちゃなグロリア。




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -