静かに、船を眺める。

今は港に停泊中の、真新しい船は、朝焼けの海の中にどっしりと佇んでいた。

その船は、それまで乗っていた船に比べればずっと小さい。しかし新たなクルーを乗せ、この大海原を進もうという溌剌さが、強い意思が、エステリアには伝わってきていた。小さくとも、歴史や経験はなくとも、これから幾多の苦楽を共にしていくその船を、愛しいと思うと同時に、少し似ていると思った。これから彼女が会いに向かおうとしている人に。

新たに従う船長は、意外にもすぐに決まった。誰より信頼し憧れたヴィンセント船長が次期船長に足ると思ったなら、どちらにでも付いて行く気でいたが、袂を分かつと聞いて先に思い浮かんだのは、妹のアルマースの方だった。自分と同じ歳なのに真っ直ぐ過去を顧みず、与えられた役目を全うしようとする姿に、憧れたのかもしれない、とエステリアは考えた。が、エステリア自身気付かないほど心の奥で、彼女の一番大切な人、父親と言うことが似ている、と惹かれる部分があったことも本当であった。一度こうと決めたら、もう悩むことはしない。だから彼女はこうして今、朝焼けの中、アルマースの船の前に立っているのだ。

エステリアは身震いをした。それは、彼女が初めてヴィンセント=シアーズの船を見たときと同じであった。見たことのないほど立派で堂々とした、ヴィンセント船長のガレオン船。そしてその船で一番の船大工が腕によりをかけ造りあげ、敬愛した船長が愛する娘の誕生日にと贈った、想いのこもったブリガンティン。その船でこれから、船大工として腕を奮うことのできる、幸せ。たくさんの感情が混じり合い、エステリアは鳥肌を立てながらも、いつものように歯を見せてニヤリと笑った。




扉をノックすると、すぐにそれは、側仕えの少年オリヴィエールによって内から開かれた。一礼して部屋を出て行くオリヴィエールの背中を見送り扉を閉めて、エステリアは真正面から部屋の主、アルマースに向き合う。ばちりと合った視線。アルマースは、微笑んでいた。まるで、エステリアが自分の元に来ることを見透かしていたかのようなその笑顔に、エステリアは自分の選択は間違いではなかったと、確信を持った。

「アルマースさん。あたしは船大工として、あなたのこの船に乗りたいと思ってる」

エステリアの、先のありそうな言い方に、アルマースは沈黙でもって、その続きを促した。

「…あたしは、海賊にとって船は、命を預ける場所だと思ってる。日々暮らす家であり、同時に移動のための足であり、時には戦場にもなる。そして、メンテナンス一つで、戦局は吉にも凶にも転じる」

肯定というよりは、話を聞いている確認というように、アルマースは小さく頷く。

「つまりあたしは、アルマースさんと、アルマースさんに賛同する全てのクルーの命を預かるつもりで、ここに来たんだ。みんなが全力で命をかけて戦うための船を、あたしは全力で命をかけて愛し、労い、そして守る。それが船大工としてのあたしの戦いなんだ」

エステリアはそこまで話すと、一度言葉を切り、小さく深呼吸をした。そして再び真っ直ぐにアルマースの瞳を見つめる。迷いのないその視線に、マルマースは気付かれない程度に、笑みを深くした。

「だからアルマースさん。あたしを信じて、この船を、命をあたしに預けてくれますか」

エステリアの気持ちは決まっていた。そして自らの乗る船を自ら選ぶよう告げたアルマースが、その選択を邪険に断ることなど決してしないことも、エステリアはまた確信していた。それでも敢えてそう聞いたのは、アルマースの口からはっきりと、確かな言葉が聞きたかったから。それも理解していたアルマースは、ゆっくりと口を開いた。

「信頼していますわ、船大工のエステリア」

たった一言。その言葉を聞いたエステリアは、彼女にしては珍しく、眉尻を下げ、泣きそうな顔をした。一番欲しかった言葉をもらえた幸せと、その責任を改めて感じたのだ。しかしすぐにいつもの勝ち気な表情に戻り、歯を見せ笑う。

「その信頼、絶対に裏切ることはしません…アルマース船長」

その敬称は、エステリアの精一杯の忠誠の誓いの証。交わした言葉こそ少なかったが、エステリアは確かにそこに、新しい生き甲斐と居場所を見付けていた。




約束の朝




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