喧嘩はいつだってガシャンという音で始まる。

「ああもう!そんなに俺ん家のやり方が気に入らないなら出てけばいいよ!」

 ガラス製のテーブルに両手を突き、陶器のカップがひっくり返ったことも気に留めず臨也は隣を睨み付けた。

「言われなくても出てくっつーんだよ!こんなトコ、土下座されたって二度と来ねえ」

 対して、睨み付けられた静雄もソファーから勢い良く立ち上がり、高い位置にある顔を更に上に向けこれみよがしに臨也を見下す。

「はあ?何言ってんの、シズちゃんが勝手に入り浸ってたんでしょ?自分ん家より広くて綺麗で快適で何でもあるからって、図々しくも何日も何日も居座ってさぁ」
「何だと?てめぇが、人呼んで家政婦みてぇに使ってたんだろうが!」
「君みたいな単細胞を家政婦に使う変態なんて、この世にいるワケないでしょ。はっ!身の程を知れよ。ほら、さっさと出てって!」
「ああ、そうかよ!そうかよ分かった。俺は実家に帰るからな!」
「はいはい、どうぞ。お帰り下さい」

 典型的で模範的な怒濤の応酬の後、静雄が身一つで臨也の事務所を出ていくのは当然の流れで。その際、玄関の扉が模範外な音で閉められ家主が怒声を飛ばしたのも、言うまでもないこと。

「いったい何回玄関壊すんだよ、あの化け物ッ!絶対に請求書送り付けてやる。っていうかもう、シズちゃんの銀行口座からお金引き落としてやる」

 ぶつくさと独り言を言いながらソファーに座る――というよりは、落ちると言ったほうが近い座り方で身を沈める臨也。倒れたカップと零れた中身を一瞥するも、片付ける様子はない。

「どうせ三日もすればぼっちが淋しくなって、俺を殺すだなんだを口実に追っ掛けてくるんだよ、シズちゃんは」

 が、その三日を過ぎても静雄が臨也の前に現われる事はなかった。
 四日目に昼間の池袋を闊歩してみるもやはり自販機は飛んでこず。五日目にアパートの周りをウロついてみたが、そこですら静雄に出くわさなかった。

「ひょっとして馬鹿のクセして風邪とか引いてんの。最近急に寒くなったからなぁ。シズちゃん家薄い毛布しかないし」

 足が無意識にアパートに近づこうとして臨也はハッとなって思い止まった。
 何やってんだ俺。これじゃまるで、俺がぼっちを淋しがってるみたいじゃないか。
 違う。違うよコレは。俺は別にシズちゃんがいなくて淋しんじゃないんだからね。心配なんじゃないんだかね。
 ほらあれだ、玄関代を請求に行くんだ。

「うん完璧」

 材料が揃えばあとは行動あるのみ。澄ました足取りで部屋の前までやって来ると、ノックなんてものは勿論せず合鍵でいきなり扉を開ける。

「シズちゃーん。邪魔するよー…って、あれ?誰もいない」

 さてどんな面でぼっちをやっているのかと意気揚々と中に入ってみたものの、部屋は中は無人だった。それどころか、暫らく人がいた気配すらない。

「え…シズちゃんあれから帰ってきてない?」

 なら、どこに?

「まさかあの上司の所!?」

 臨也は上着のポケットから携帯を取り出すと、最早何の迷いもなく電話を掛けた。
 続くコール音。
 それが止むと間もなく、聞こえてきた低い声。

『てめえ、いつまで鳴らすつもりだ。うるせえんだよさっさと切』
「シズちゃん今どこにいるの!」
『ああ?』
「どこにいるのか聞いてるんだよ!現在地現在地!」

 なんでてめえに教えなきゃなんねえんだ。と、喧嘩口調で返してきた静雄に声を荒げ反駁したくなるが、臨也はぐっと堪えて電話口から聞こえるすべての音を拾おうと集中した。
 遠くで誰かが静雄を呼んでいるのが聞こえる。
 しかも女で声はあまり若くない。

「ちょっと!本当にどこにいる」
『静雄ー、煙草は吸っちゃダメよー。お父さん今禁煙中だからー』
「………は?」
『ああ、悪いお袋。すぐ消す』
「…………」
『――で、人の居場所聞いてどうするつもりなんだ、臨也君よぉ?俺は、てめえが謝るまで絶対言わね』
「本当に実家に帰るとか律儀すぎるシズちゃん!」




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彼氏と喧嘩して実家に帰る池袋最強。二十○歳、男。
そして折原臨也家のやり方とはきっとロクでもない事だと思います。

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