おかしい。おかしい。何かがおかしい。

「シズちゃん、君何やってるの?」

 シズちゃんは確か、突然急ぎの仕事が入ってパソコンに向かわざるを得なくなった俺のために、アイスコーヒーを煎れにキッチンに来たんだよね。
 でも何か困った事があったから弱々しく俺を呼びを始めて、だから俺は仕事を中断してこうしてキッチンへやって来たんだけど。

「何やってるの?」

 思わず二回聞きたくなるほどおかしな状況。
 シズちゃんはコーヒーが満杯に入ったマグカップを片手に中腰になっていて、すぐ足元の床には、カップから溢れたと思しきコーヒーの水溜まり。カップに向けられた顔は泣きそう。
 あと、何で冷凍庫開けっ放しなの?今夏なんだけど。

「コ、コーヒーに氷入れたら…いっぱいに、なって。でもなんとか運ぼうと…したん、だけど……」

 溢てしまった、と。しかも一度溢した事にびびって動けなくなったと。
 まあ、そんな事だとは思ったけどさ。でもそれっていい歳の男がする事?しかもシズちゃん、巷では最強とか敵に回しちゃいけない男とか言われてるよね?いつものあの、豪快なんてレベルを鼻で笑いたくなるような行動力はどこにいちゃったの?
 いや、カップからコーヒーが溢れるほど豪快に氷を入れた結果が今だから、豪快の使い道を間違えた。と言うべきか。

「い、いざや…」
「台所まであと少しじゃない。多少溢してもいいからそこまで運びなって」
「…それは、できない」
「俺ん家の床汚したくないとか、俺の為に煎れたコーヒー溢したくないとか思ってるなら、気にしなくていいから」
「――っ!」

 まさか本当だったとは。
 泣きそうな顔が一瞬で真っ赤になる。やばい可愛い。可愛いすぎる。でも、それを気にして何故冷凍庫を気にしないのかが謎すぎて勃ちそうで勃たない。

「…な、なあ、臨也」
「なーに?」

 シズちゃんの為に買っておいたアイス無事かな。

「あのさ…」
「んー?」

 一時間も並んで買ったのに。まあ、並んだの俺じゃないけど。

「こ、こっちまで…来て、」
「こっちまで来て?」

 今日はケーキも無いし、おやつどうしようかな。

「上の方、吸って…ほしい」
「はい、勃った」
「は?――って、おい、そんな早足で来るな!溢れる!」
「五十キロ後半の俺が早足で歩いたくらいで揺れるなら、とっくに引っ越してる」
「俺ん家は揺れるんだよ!」

 どんな基準だよ。シズちゃん家と家賃いくら違うと思ってんの?

「ほら、全然大丈夫だったじゃない」
「――こ、今回はな」
「もうそういう事でいいよ」

 シズちゃんの傍にくれば、当たり前の話、シズちゃんの匂いがした。
 中腰姿がなんともエロい。微妙に突き出す感じになってる尻が、遠目で見た時よりも更に欲を誘った。シズちゃんだからこの態勢でいても、足腰がぐらついたり汗を掻いたりする事はないけど、カップの中身を気にしてかなり気を張り詰めているのは見て取れる。
 これが俺の為を考えてた末の行動だと思うと、自然と顔がほころんだ。
 だけどここで優しくシズちゃんを助けられるほどの余裕は、数十秒前に消失。消したのはシズちゃんだから、当然責任はとってもらう。

「?――何してんだ、臨也?」

 俺はよく冷えたコーヒーの中に指を入れ氷を取り出し、

「ふぇ…ひゃうッ!」

 シズちゃんの口に押し込んだ。

「ふめは、っん!んうぅ!」

 吐き出せないのように掌で口を覆い、より確実に塞ぐ為に後頭部に手を回し前後で挟むような形にした。
 シズちゃんはふぐふぐ言って抵抗を示すものの、俺を振り払うどころかまったく身体を動かそうとはしない。カップを気にしているのは明瞭。こんな事する奴の為に苦しいの我慢するなんて。意地になってるのか、それとも俺が想われてるのか。
 まあ、後者はさすがに自惚れすぎかな。

「シズちゃん、冷たい?」

 こくこく。と手の間の頭が縦に動く。目は強く瞑られ、目尻には涙。よっぽど冷たいのか舌は忙しなく氷を転がし、その動きが掌に伝わる。
 しばらくすると、苦しそうな呻き声に混ざってじゅるじゅるという溶けた氷を啜る音が聞こえ始めた。どうやら上手く水を飲み込めないらしく、そのうち許容量を超えた水分が咥内から溢れ出て、俺の掌を濡らした。
 水は冷たいはずなのに、身体はどんどん熱くなる。ぐじゅぐじゅ手が濡れるに従って、頭のどっかもぐじゅぐじゅ溶けてくようだった。
 愛しい。愛しい。どうしようもなく愛しい。
 えぐえぐしてる姿も勿論だけど、未だにカップを離さず揺らさないようにしているのが何より愛しい。

「苦しい?」

 またこくり、こくり。

「じゃあ、今出してあげる」

 片手は後頭部に回したまま、口にあてていた掌の位置を少し横にずらし、中指を曲げて咥内に入れる。

「ふえ…は、ぁふう…」

 舌の上に乗っかっている氷を掻き寄せ、親指も入れてだいぶ溶けて小さくなったそれを二本の指で摘まんだ。開きっぱなしの口からは唾液と水が混ざった液体が流れ出、それを止めようとして動いた舌が図らずも俺の指に触れ舐める。
 ごくりと喉を動かしたのは俺のほう。
 取り出した氷のやり場を考える間もなく、俺は噛み付くようにキスをした。

「んんっ、ふぁ、あ…いざや…っ、ん、は」

 舌を絡め、歯列をなぞり、上顎を舐める。

「ふうっ、はっ…ん、ふ、ふあ」

 冷たい。冷たい。どこも冷たい。
 冷えると感覚が鈍くなるものだけど、今のシズちゃんはどうなんだろうか。俺の舌の感触、分からないのかな。分かってなかったら嫌だな。
 俺は手から氷を落とす。それからシズちゃんの下半身に手をやると、そこは軽く触れただけでも十分に分かるほど反応していた。

「あっ、や…ッん!」

 シズちゃんが手からカップを落とす。直前、俺がカップを掴んでいた。だから床に落ちたのはシズちゃんの身体のみ。

「腰抜けちゃった?」
「ん…は、」

 ぺたんと座り込んで肩で息をしているシズちゃんに目線を合わせ、スボンを押し上げるそれに指を這わせれば、濡れた瞳が無意識に訴えてきた。
 可愛い。可愛い。全部可愛い。
 最強も豪快も関係ない。巷のやつらは知らない、絶対に教えてなんてやらない、俺だけのシズちゃん。

「苦しい?」

 こくり。

「じゃあ、今楽しにしてあげる」

 台所の時計に目をやり、仕事の締切までの猶予時間を計算する。開けっ放しの冷凍庫は、まあ、そのままでいっか。
 再び冷たい口キス。
 大好き。大好き。

「シズちゃん大好き」



ラブユーラブユー&ラブユー

――――――――――

題名ピンクらせてみた。
冷凍庫の無駄な存在理由はこの後溶けたアイスをシズちゃんにぶっかけるつもりだったからです。
でも長くなったから割愛。
またいつの日にか…。

2010.7.29

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