※死ネタ注意
「こーんばーんは」
わざとらしく間延びした挨拶。ああ、面倒くせぇ。と思った時には遅く、あいつはわずかに開いた扉の隙間に薄い身体を滑り込ませて中へ入ってきた。
「お邪魔しまーす」
するすると奥へと進みながらまたうぜえ喋り方。
「その言葉は入る前に言うもんだろ」
「じゃあ、お邪魔しましたー」
「それは出てく時だ。つーわけで、出てけ。有言実行しろ」
「わぁ意外、お馬鹿なシズちゃんが有言実行なんて難解な言葉知ってるなんて。本当に意味分かってんの?」
「五秒数えるうちに出てかなかったら殺す。んで、殺したら有言実行。間違ってねぇだろ」
「……殺せたら、ね」
挑発的な笑みを向けられ、俺は扉を閉めると同時にカウントダウンを始めた。
「ごーお」
しかしあいつはまったく気にした風もなく、勝手に座り込んで人の机の上に持参してきた物を広げていく。
「よーん」
「シズちゃん、これ何か知ってる?」
机に並ぶのは少し小ぶりのおはぎと白いピラミッド状の何か。白いやつは見た目はお月見団子だが、もしそうなら季節外れにもほどがある。
「さーん」
「おはぎは分かるよね?こっちの月見団子みたいなのは、迎え団子って言うんだよ」
数えながら、迎え団子とやらを指で突いているあいつに近づいた。迎え団子?何だそれ?
「今日何の日か知ってる?」
知らねぇ。あと少しで手が届く距離。足は完全に届く距離。
「にーい」
「今日はお盆の一日目。死んだ人が、帰ってくる日だよ」
ああ、なるほど。来年こいつ帰ってくる日って事か。ま、こいつに帰る場所なんてないだろうが。
「いーち」
「迎え団子はね、お盆の初日に仏壇に飾る団子の事なんだ。この団子とおはぎを仏壇に飾って、仏様をお迎えするんだって。で、二日後にまた同じ団子――その時は送り団子って呼ぶんだって。物は同じなのに。まあ、とにかくさ、それを飾って仏様を送るらしいよ」
あいつの手が俺の手を掴む。そのまま木でも登るみたいにあいつは俺の腕を伝って立ち上がる。
「おはぎは勿論だけど、この団子もちゃんと食べられるんだよ。飾った後は食べちゃっていいんだ」
ゆっくりと、赤い目が近づいてくる。赤い口が近づいてくる。ふらふらゆらゆらと揺れながら。
「ちゃんと覚えておいてね。胡瓜の馬とか茄子の牛とかはいいからさ。団子とおはぎの事は忘れないで」
ふっ――と、唇に冷たいものが触れた。あいつの匂いと鉄の味。
「そして毎年俺のために飾って。それで俺のために飾ったやつを食べちゃって」
「いざ」
「シズちゃん、甘い物好きでしょ?」
赤い目が離れていく。
「大嫌いな俺の為に、大好きな甘いものを用意してよ」
赤い口が離れていく。
「もう、とっくに五秒経ってる」
知ってる。
「ほーら。やっぱり、殺せなかった」
ああ、殺せなかった。
「シズちゃんの有言不実行」
うるせえ。
「……忘れないでね」
「すぐにでも忘れてやる」
「………馬鹿だね、本当」
お邪魔しましたー。そう音の出ない口で言うと、あいつは血塗れの身体を床に横たえた。
「ぜーろ」
俺はその場に座り無駄に沢山あるおはぎをひとつ頬張った。
いってらしゃい。
おかえりなさい。
(……またな)
2010.7.13