「すいません」
「ん…あ、いらっしゃいませ」
深夜三時過ぎ。夜勤疲れとあまりの暇さにウトウトとしていると、レジに一人の客がやってきた。
「あ、お前は――竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)」
「違います竜ヶ峰です。竜ヶ岩洞は東海地方にある鍾乳洞です」
「悪い」
「いえ、今覚えてくれればいいですから」
「分かった、竜ヶ峰だな」
眠気を頭から振り払い、カウンターに置かれた商品をリーダーに当てながら竜ヶ峰の名前を三回唱えた。たぶんこれで覚えられたはずだ。それにしても竜ヶ峰がこんな時間に外を出歩いているとは思わなかった。しかもブラックコーヒーを飲めるのか。なんだかカウンターの向こうで微笑んでる少年が少し大人びて見えてきたぞ。
「絶対に忘れないでくださいね。それはそうと、静雄さん今立ったまま寝てましたよね?」
「すまん。誰もいなかったからつい」
「ついって、危ないですよ。気を付けて下さい」
「そうだよな。強盗とか来たら金奪われちまうな」
「いや、そうじゃなくて。もっと大変なモノ奪われちゃいますから」
「?――ああ、うっかり刺されて命奪われるってことか。大丈夫だ。包丁で刺されたくらいじゃ死なねぇ。袋いるか?」
「いえ、鞄の中にそのまま入れてきます。……ってだからそうじゃなくて。包丁じゃなくてもっと違うモノ刺されますよって言いたいんですけど。あ、携帯で払います」
「そうか。違う物って日本刀とか槍とかか?たぶんどっちも平気だ」
「槍って……そんな物持ってコンビニ襲う人はいませんよ」
「じゃあ何なんだ?」
「…………もういいです」
「?」
竜ヶ峰はさっきから何が言いたいんだ。俺の頭がちゃんと動いてないのか?ああ、くそ。休憩中にコーヒー飲んだのに全然利いてねぇな。あ、ブラックコーヒーだけ鞄の中に入れ忘れてる。
「おい竜ヶ峰、コーヒー入れ忘れて――っん、!」
「ああ、起きてても奪われちゃうみたいですね」
え?は?今、何が起きた?
「りゅ、竜ヶ峰……お前、何を」
「どんなモノを奪われるか分かりやすく教えてあげたんですよ。まあ、取り敢えず唇だけですけどね」
教えた?取り敢えず?待て待て何を言ってるんだ。何でそんなに楽しそうに笑ってるんだっ!
「あ、このコーヒーは静雄さんにあげます。眠気覚ましなら甘いのよりもブラックのほうがいいですから」
「―――――ッ!」
「そじゃあ、また来ます」
今度静雄さんが飲んだコーヒー教えてくださいね。そう言い残され、俺は今更ながら自分の唇を押さえた。
―――――――――――
帝人のブラックコーヒーは実は最初から静雄にあげるために買ったなんて話があったりなかったり。
彼はさりげなく攻めるタイプだと勝手に思ってる。
拍手ありがとうございました!
2010.6.25