「分かったぞ帝人! この世で一番陳腐な言葉は『陳腐』だ!」
「は?」

 朝。とても気持ちのいい朝。東京にもこんな朝があるのかと感激してしまうくらい、気持ちのいい朝。
 それが今で。

「あーそうか。そうだったんだ! どうして俺は今までこんな簡単な気が付かなかったんだろう!」
「頭、無事?」

 馬鹿。とても清々しい馬鹿。東京にもやっぱりこんな馬鹿がいるのかと感心してしまうほどの、気持ちのいい馬鹿。
 それが彼で。

「な? な? 帝人もそう思うだろう?」
「思わない」
「即答!?」

 余暇。とても非有意義な余暇。東京という都会の中でここまで非有意義な余暇を過ごすこともあるのかと勉強させられる、ひどく非有意義な余暇。
 それがたぶん、今から始まって。

「じゃあ、帝人は何だと思う? この世で一番陳腐な言葉」
「知らないよ」
「あーもー、なんか帝人がいつにも増して冷たい!」
「――誰のせいだと思ってるのさ」

 それを思うと少し、複雑な気持ちになった。



先手必勝、早いもの勝ち、早起きはたぶん三文の得?



 ここは池袋にあるとあるファーストフード店。前日遅くまで――というよりも本日早くまでなんだけど――ネサフをして、やっと布団に入り微睡みかけた僕の耳によく聞き慣れた着信音が聞こえてきたのが、今から三十分程前。
 最初は夢に入りかけてるのかと思った。だけど、なんとなくそうではないような気がして、現在時刻を確認がてらに携帯を手に取ればやはり《メール受信 紀田正臣》の文字が画面に表示されていた。ついでに見た、その右上に小さく表示されていた時刻は《6:30》。メールの内容は『なあ帝人ぉ。七時ぐらいにいつものマック来てくれるかな!』であった。
 その後すぐに電話が来た事と、カーテンの向こうの空が思いがけず綺麗だった事がなければ、僕はなにか言い訳をでっちあげてそのメールを無視していたと思う。

「そもそもさ、それ考える必要あるの?」

 愛想程度に注文したウーロン茶のストローをいじりながら聞けば、向かいに座る正臣は真剣な顔で「ある。大いにある!」と言いながら机に両手をついて身を乗り出してきた。

「いいか考えてもみろ、帝人」

 と、ここで僕をビシッと指差し、

「古来より使い古されたありきたりで陳腐な言葉でナンパされたって、今時のお嬢さんお姉さんがたはお茶どころが一分以上の会話すらしてくれないぞ!」

 と、両手を広げて眉を下げ嘆いたかと思えば、

「というわけで」

 と、一転してニカッと笑った。ので、僕は内心で溜息を吐いた。

「さっさとこの問題を片付けて」
「ナンパには行かないよ」
「何! まさかの先回り拒否!? 帝人テレパシーを覚えたのか!」

 さっき自分でナンパが云々って言ってたじゃん。それに、毎日のようにナンパに行こうナンパに行こうって言われてるんだから分かるって。あと、そのリアクションは陳腐だと思うよ。いや、ただ古臭いだけか。
 等々色々思ったが、口にするのが面倒くさかったからウーロン茶と一緒に飲み込んだ。ひんやりとした冷たさが徹夜明けの身体に染み渡っていくが、別段気分は良くならない。

「っていうかさ、何でこんな朝早くからナンパする必要があるの?」
「そりゃあ、ゲットした子と少しでも長く一緒にいられるようにだよ。そ・れ・に、朝なら皆まだ予定が立ってないだろ。そこを狙う作戦だ! 俺って天才!」
「天才……ね」
 
 天才なら、少しは僕の気持ちを分かってれてもいいのにね。なんで僕が冷たいのかとか、徹夜明けにも関わらず早朝の誘いに応じたのかとか。まあ、徹夜明けなのは話してないから正臣は知らないんだけど。

「でもさ。どんな作戦立てたって、結局いつも連敗してるじゃん」
「確かに、今まではそうだったかもしれない。だが、今日は違う!」

 はいはい。いつもそう言ってますよ?

「現にこの作戦は成功してるのだ」
「へぇーいつ?」
「いま」
「へぇーそう。いまね――って、え? いま? いまって?」
「いまだよ。いま。ナウ。エヌオーダブリュ、now」

 『いま』の意味が分からずぽかんとしていると、目の前で正臣が宙に『now』の文字を綴った。
 そしてまた僕のほうにグッと身を乗り出すと、

「だって帝人、俺と今一緒にお茶してくれてるじゃん」

 と言って、またニカッと笑った。
 え、これ、何? 期待していい、の?

「というわけで。よぉし、この調子でガンガンナンパに行こう!」

 ああ、違ったみたい。

「まあ、いいや」

 今日は、徹夜明けの朝から大好きな馬鹿と一緒にいつも通りの余暇を過ごそう。



「とりあえず。どっか行きたいトコあるか、帝人?」
「え? どっかって?」
「ないなら、お前ん家直行コースな。ったく、ネットも程々にしとけよ」
(だからそういうのは、期待していいの!?)



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