人は何かを成功させたいとき、例え九十九パーセント不可能であっても一パーセントの可能性を信じると言う。
 ならば、例え個人の印象やその善し悪しが九割見た目で決まるとしても、残りの一割の可能性を十分に考えるべきだと俺は思う。







 静雄の家――つまり平和島家は良くも悪くも普通の家ではなかった。
 良い面は、俗に言えば「金持ち」であるという事。何代も前より受け継がれてきた馬鹿が付くほど広い日本家屋に住み、衣食住に一切困らない生活、加えて趣味や娯楽にも事欠かない環境と金銭的余裕を両親を含む一族の大人たちは静雄に与えてくれた。
 静雄はこれらの事には素直に感謝をしているし、限りなく幸せな事だと思っている。
 だが一方で、その金銭を調達する方法に対しては、複雑な思いを抱いていた。
 平和島家は、表向きは先祖より受け継がれた膨大な土地を“一般企業”貸し、その借料で収入を得ている事になっている。だが実際は“一般企業を隠れ蓑にした裏会社”に土地を貸し、公開している借料の何倍、何十倍の金を徴収し富を得ていた。

「世の中には裏があるから表がある」

 それが静雄の父の口癖だった。それは辿れば祖父の口癖であり、曾祖父の口癖であり、さらに曾々祖父の口癖であって、最早平和島家の家訓とも呼べる言葉。

「夜がなくなって昼間だけになったら、地球は壊滅する。男がいなくなって女だけになったら、人類は滅亡する。それと同じで、裏の社会がなくなったら、表の社会も崩れてしまうのだ」

 そんな風に説かれれば、世の中の一部しか知らない自覚のある静雄はそうなのかもしれないと、平和島家の《事業》を強く否定する事ができない。
 その結果、一族の大人の言うままに静雄は勉強をし、昨年高校生になったのを機に本格的に《事業》に関わり始めてしまった。
 そして今も、父親から仕事の話があるから会議室に来いと連絡を受けわざわざ早足で向かっている。

(会議室――か。今度は何処とトラブっんだ。最近ちょっと多くねぇか? そういやぁ、昔はどこん家にも『会議室』ってあると思ってたな。みんな家族会議がどうとか普通に話して――)

 不意に、リズミカルだったスリッパの音が止まる。

「…………ふつう、に」

 静雄が足元に視線を移すと、シンプルながらも高級感を醸し出す真っ白いスリッパが目に入る。

「もし、遠い昔に誰かが俺たちみたいな人間を《普通の人間》だって決めてたら、そしたら――今、俺は」

 そこまで口にすると、静雄はハッとなって首を激しく左右に振った。度重なる洗髪で痛んだ金髪がバサバサと音を立てる。

(違うっ!そうじゃねぇだろ!そんなのはっーー)

 それから睨むようにして前を見ると、再び会議室へと歩みを進めた。
 暫らくして会議室の扉の前に着くと静雄は一度小さく深呼吸をし、それから軽くノックをした。

「はぁい」

 すると中から聞こえてきたのは父の声でも他の知った声でもなく、聞いたことの無い若い男の声だった。

「――え?」
「はいはーい。開いてますよぉ」
「……親父の客、か?いや、だったら応接室だよな」

 父親の声がしない。ということは父親が不在だという事だ。しかし自分は彼に呼ばれた。ならば中に居るのは、

「――誰だ?」

 静雄がこの後どうするべきか躊躇っていると、パタパタとスリッパの音が近づいて来、間もなく目前の扉がガチャリと開いた。
 扉の向こうにいたのは声の通り若い男。いや、若すぎる男だった。

「お前は――」

 黒い髪に黒のコート、インナーも黒ならばズボンも黒。自分よりも頭一つ分下にある顔には、どこか含みのある笑みが浮かんでいる。が、その顔はどう見ても自分と同じくらいか年下だ。そう分かると黒ずくめの格好やニヤついたような笑みが、悪ぶってる中学生にしか見えない。もし仮に高校生であったとしても、まずこの《会議室》には似付かわしくない人間だ。

(となると、どこかの取引先が《担保》で寄越してきたのか。可哀相に、まだ子供じゃねぇか。こりゃさすがに返してやるべき――)
「ちょっと。遅いよ、静雄君」

 唐突に、男が唇を突き出しながらそう言った。

「………………」
「いったい、呼ばれてから何分たってると思ってるの?君のその長い脚は飾りなわけ?見かけ倒し?」
「…………は?」
「それにさぁ、返事したのにドア開けないとか何様気取り?それともいつもは誰かが開けてくれてんの?」

 おいおいおいおい。何だコイツ。

「はぁ。こんな不出来な息子じゃ、そりゃあのプライドの高い平和島のじい様も外部の力を借りたくなるよね。老い先短いっていうのに可哀相に」
「――おい」
「大体さぁ、その格好なに?何で学制服なの?少しは威厳とか、威圧とか、最低限文化的――じゃなくて、最低限社会人らしい服装とかできないわけ?」
「おい」
「まったく。君にはほとほとガッカリだよ、静雄く」
「おいっつってんだろぉがよぉぉ!!」

 そこでようやく男の胸ぐらを掴むと、静雄は青筋がくっきり浮かび上がった顔をグイッと男に近付けた。

「てめぇよぉ、さっきから黙って聞いてりゃあ、好き勝手な事をペラペラと」
「黙ってないじゃない。何度も俺の話遮ろうとしてたでしょ」
「気付いてんなら一旦止めるのが、常識じゃねぇのか?」
「常識?うわっ。君がその言葉使っちゃうんだ」
「――っ!」
「隙ありっ」
「ってめ――んっ!?」

 一瞬の動揺。それから手から男の胸ぐらがすり抜ける感触。そして、

「へーえ、意外。静雄君リップなんか塗ってるんだ」

 何が起きたのか理解したのと同時に、男が耳元で囁いた。

「――――っ!!何しやがんだってめぇぇぇ!」
「おおっと。あぶないよぉ、こんな狭い場所で暴れたら」

 手近にあった椅子を掴み力任せにぶん回せば、男はひらりと舞うように避け、ついでにさりげなく静雄との距離を取る。

「あーあ。本当にダメだね静雄君は。あれくらいで動揺して俺を逃がしちゃうなんて。しかも、うっかりキスまでされちゃってさ。自己防衛能力低すぎ」
「うるせぇっ!どこの誰だか知らねぇが、こっから帰れると思うんじゃねぇぞ!」
「あっはははっ。可笑しな事を言うなあ。俺は最初からここから帰るつもりなんて、この家の庭の猫に寄生してるノミ程も思っちゃいないよ。寧ろ俺に帰る場所なんて無いし」
「――ぁあ?」

 両手を左右に広げて肩を竦めた男を見て、静雄はふと男を見て一番最初に考えた事を思い出した。

「お前。やっぱり、どっかの《担保》で」
「俺、今日から《平和島家(ここ)》で君と一緒に暮らすんだよ」
「――――――は?」
「聞いてないの?俺の話」
「何の、話だ?」

 ああ、そうなんだ。と、男は一瞬何かを嘆くような顔をした。しかしまたすぐにニヤけた笑顔に戻ると、すっ――と一歩だけ静雄の方へ近づいてきた。

「俺の名前は折原臨也。これから君の付き人兼助手になるよう、君のお祖父様から仰せつかってここへ来たんだ」

 また一歩、男――臨也は静雄へと近づく。

「君を“立派な平和島家の人間”にするために、ね」
「立派な、平和島家の――人間?」

 一歩。距離はさらに縮まる。

「そう。だからこれからよろしくね」

 また一歩。

「シズちゃん」

 唇が触れるか触れないかの距離。そして再び、

「気持ちわりぃ呼び方すんじゃねぇぇぇ!!」

 椅子がフルスイングされた。






第一印象は出会って一日目に崩壊す
(少しでも同情した過去の自分をぶん殴りてぇ)




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