※来神時代
※二人は同じクラス設定


 珍しく静かな授業中。といっても、狭い空間に並ぶ机の三分の一は主が不在の状態。
 そしてその状態を作りあげた張本人は今、クラスの中でただ一人立ち上がって下を向いていた。

「――は、退屈な――――――とし、て、よく――――に向かった」

 手にはくたびれてはいるものの、落書き一つない現国の教科書。
 その内容を朗読する声は低くて聞き取りにくく、またしょっちゅうつまづいたり読み間違いをしているが、本人なりに懸命に読んでいる事は臨也には分かっていた。
 本来なら間違えた箇所は教師が指摘し訂正する。だがいま教卓にいるハゲ頭の現国教師は、ただ黙って静雄の朗読を聞いていた。
 そうするよう、臨也が《お願い》したからだ。


「――とも、むしょうな性質、なの、で」
(惜しいシズちゃん。そこは“むしょう”じゃなくて“ぶしょう”だよ)
「あーえと……き、きょ、きょたつ? にあたった、まま」
(ちょっ、何その可愛いすぎる読み方!しかも“つ”がちゃんと言えてなかったよ!“きょたふ”になってたよ!っていうか、それ炬燵(こたつ)だから。炬の右側が巨人の巨だから、そう読みたくなる気持ちも分かるけどさ)

 静雄の朗読に内心で逐一突っ込みを入れながら、臨也は机に立てた教科書で緩みっぱなしの口元を隠した。先程の「きょたつ」だけでも、わざわざあのハゲに授業内容を変更するよう《お願い》した甲斐があったなと、満足気に目を細る。

(ああ、やっぱいいなぁ、シズちゃんの朗読姿。あの読めない漢字にぶち当たった時の困った顔とか、なんて読むのか考える時の苦悶の表情とか、不自然なトコロで文章切っちゃうのとか、可愛いを通り越してエロいよもう)

 静雄は真剣に(というより必死)に朗読をしているため、臨也の視線には気付いていない。
 今日から新しい作品に入るからと、昨晩弟に手伝ってもらいながら読めない漢字に振り仮名を振ったのに、何故か急遽違う作品をやる事になり予習がすべて無駄になったのが臨也の仕業だということも、静雄は気が付いていなかった。

(あ、窓閉めておけばよかったな。顔赤くして汗掻きながら読んでたら更にエロかっただろうに。って、窓無かったんだった)

 枠だけになった窓を恨めしそうに見、昨日静雄に投げ飛ばされ窓と共に落下した奴を後で調べることに決める。その喧嘩を意図的に起こしたのが自分自身だということは勿論棚に上げて。

(そうだ。もっと暑くなったらシズちゃんに官能小説読んでもらうようにしよう。あー、でもそれじゃあストレート過ぎて逆につまんないかな)

 最早表情を隠すことも自重することも忘れ、ひたすら幸せそうに笑う臨也。

(何がいいかなぁ。この声とあの表情で何て言ってもらおうかなぁ)

 あと二十分もすれば授業が終わる。
 そしたらまず、授業内容が変わったのが自分のせいだということをほのめかそう。そうすれば彼は、いつもの声といつもの表情といつもの台詞をこちらに向けてくるだろう。
 それは今見せてる表情や口から出てる言葉とはかけ離れているけど、

(でもどっちも、俺がシズちゃんの中から引き出した事には変わりないんだよね)

 ああ、楽しいな。楽しみだな。そう小さく呟くと、臨也はまた教科書で口元を覆った。
 思わず漏れてしまった毒を隠すために。



ろうどく

(彼を毒に触れさせるのは、まだ早い)




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