小説 | ナノ

閑散

桜庭くんって春生まれって感じするよねぇ、とかって、間延びした声で話しかけられるのはもう慣れた。彼女たちにとって話しかけるという目的が達成できたら、そのための話題はなんだっていいんだ。こんなことで、女の子のこと自体をなんだかんだというつもりないけど、毎回毎回それを「そう見えるかなぁ?実際3月生まれなんだけどね、」なんて話すのにも飽きてしまった。
キャーキャー黄色い声で騒ぐ女の子たちを見ているのは別に嫌いじゃない。ただ、嫌いじゃないだけ。


中学時代の思い出話をしようと思う。
夏のあっついある日、そう、あれは五限目と六限目の間の休み。移動教室かなにかでみんな先に行ってしまって、準備に戸惑って置いていかれた俺と、俺をまってて置いてかれた進と、二人だけの教室だった。

俺の後ろの席にきちんと背筋をただして着席した進は、口下手なので話しかけてくることはない。コミュニケーションをとることを苦手なのはなんとなく初対面でわかってたけど、ここまでとはなぁ。とまとめ終わった教科書を見つめながら俺は思った。
まとめ終わったらさっさと立ち上がればいいのに、何故か、話しかけるタイミングなんてそこらへんに転がってるのに、なんだか話しかけられなかったんだ。
それがなぜなんだかは、時間が経った今ならわかるようで、全然わからないような、そんな感じがした。

「まだか、桜庭」

進は真面目なので、とろとろしている俺を張り詰めた声音で急かす。
ごめん、今行くよ、と立ち上がりかけたところで、よじった肘があたったみたい、せっかくちゃんと準備した教科書類がばらばらと音をたてて床に散らばる。

「あっ、…あーあ…」

そのとき、何故だか、情けない、と思っていた。
進に対して何か遠慮してるわけでも、空間が張り詰めてるわけでもないのに、何故か情けない、と思った。それって、もっとかっこいい自分を見せたいってことじゃないの?って、今ならわかるよ。

「大丈夫か」
「ああ、大丈夫。ありがとう」

進の教科書を拾ってくれる手、俺はといえば情けない顔で、その手より早く拾い集めようとする。気がついたらすっかり進の手のひらの中に収まった教科書たちを、進は暫くじっと見つめた後、俺に向かってぶっきらぼうに差し出す。

「あ、ありがとう」
「構わん」
「……」
「……名前…」

進が微かに何かを言おうと言いよどむ。そのあとじわりじわりと訪れた沈黙に耐えきれずに、俺はそろそろ行かなきゃ、と呟いた。進はといえば、ああ、と頷いたきり。だめだめ、こういう沈黙は、だめなんだって。

「いい名前だな」

また、そうやって、なんでもないような顔で、そんなこと言う。
遠くの方で蝉の鳴いてる音しかきこえない。時間がとまったみたいだった。
あの頃は、そんなに女の子に注目されてたわけじゃないけど、それでも、他の人の言葉とは全然違った。そこに仲良くなりたいとか、友情とか、そういうのはあんまり含まれてなかったような気がする。
でも、俺は、そういう言葉が嬉しかった。


いまならわかる、他でもないお前に、そんな言葉で懐柔されたくなかったんだ。
だからその中に愛情や友情の影を見出したくなかったんだと思う。
俺は、お前のこと好きでもなんでもないぞ憎くもないんだって、必死だった。いまだって、いつだってさ、俺は必死なの。

必死で逃げたって、いつだって自分の手のひらに捕まるんだから、世話ないよな。
あの夏の日から、もしかしたらそれより前から、ずっとお前だけ見てるよ、進。

2014.09.17


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