小説 | ナノ

レモン

※現代大学生パロ。ブルーノちゃんが女の子とっかえひっかえしていることをにおわせる描写があったりするので注意





あのことも、あのことも、あのことも、付き合ったのはジャックが他の男と一緒にいたから。ほんとうにたかがそれだけの理由だ。それだけの理由なのに、ほんとはもっとずっと大切でじっくり考えるべき理由だったのかも知れない。あんなに好きで好きで、ほしくてほしくて仕方がなくて、そのくせ年上の男とか幼馴染とかに囲まれて隙がないジャックは、今日ぼくが別れた女の子のかわりに、はだかで、荒い息を吐いて、まっかな顔で、隙だらけで、ぼくの腕の中にいる。ぼくの、ベッドの中にいる。

「ごめん、つらかった?」
「べつに、」

はあ、と小さく息をついて目元に腕をあてたままこちらを見ようともしない君の瞳がぼくは見たくて見たくて仕方ない。午前三時、音も立てずにしんしんと夜がつもる。冷蔵庫のじい、っていう小さい機械音しかしなくなったこの部屋で、つい数分前までぼくとジャックはセックスをしていた。男にいれたのも、男に欲情したのもジャックがはじめててさいごだと思う。高校のころからずっとだけど。ずっと見てきたけどね。君で何回オナニーしたかなんて覚えてない!

「きが、すんだだろう、もう、はやく抜け、」
「あ、ごめん」

居心地がよくて嬉しくて、君の中にはいったままだった萎えたものをずるりと引き抜く。緩慢な動作だったのにセックスしたばっかりで敏感になっていたらしいジャックが「あ、」とか「う、」とかうめき声をあげる。いまだに目元をおおった腕ははずそうとしない。
だらんと力なく垂れ下がった腕、ほんのり赤くなった胸元と、汗ばんだ首筋が情事の痕跡をにおわせる。キスマークがひとつふたつみっつ。全部ぼくがつけた。君の首筋に咲く控えめな赤い花。これ全部ぼくがつけたんですよ、って今すぐいろんな人に自慢してまわりたかった。
それほど嬉しかったのに、ようやく腕をはずしてくれたころには君の瞳はぼくが見たかったものと違う、気持ちよさにおぼれたような顔はしてなくって、なんだかいつもとおんなじ強気でかっこいい君の目で、ちょっとだけしょんぼりしてしまった。そんなのは身勝手なぼくの欲望でしかないのにね。
そんな自分が恥ずかしくなってふと視線をそらしたら、枕元で君の携帯がちかちかと光っているのが見えた。みんなみんなスマートフォンに乗り換えていくこのご時世、機械類にうとい君はだれになんと言われようがすっかり型おちしたぼろぼろの二つ折りのぱっくん携帯を卒業しようとはしない。小さなディスプレイに何度もどこかで見たような名前が表示されては、消える。よくジャックをかまってくれてる年上の人。苗字だけで登録されている彼の顔も声も下の名前も素性もぼくは知りもしない。自己紹介されたことはあるけど、そんなことどうだってよかったし、隣で恥ずかしげにふくれっつらしてたジャックに夢中だったからからぜんぜん覚えてない。

「…まちあわせ、よかったの?」
「よかったもなにもお前が急に呼んだんだろうが、」
「…まさかほんとにきてくれるなんて思わなくて」
「お前があんな死にそうな声を出すからだ、ばかもの!」

セックスのあとだっていうのにすっかり元気になってしまった君はぷんすか怒りながらまだ上にのっているぼくを押しのけてベッドから出て行こうとする。ジャックの薄い腹筋が波打つ。ぼくと違って引き締まって均整のとれた白い体。きれいだって思いはするけれど、そんなこととてもとても君にいえたもんじゃないからぼくは黙って、裸の背中がシャツを羽織るのを見ていた。そう、ジャックはぼくが呼んだのだった。よんだっていうか、厳密に言うと別に呼んでなんかいない。つい9時間前まで付き合っていた彼女に「私のことなんかなんとも思ってないじゃない」っていう理由で別れを告げられたとき、「そりゃそうだ、ぼくはジャックにしか欲情しない」とかなんとか思っちゃったから、どんな子と付き合ってもこの人じゃなきゃだめだ、と思うとか好みの女の子にふられて悲しくない自分が憎らしいとかそういう諸々の腹いせに10時に年上の人の自宅にいく約束してるはずのジャックに電話して、泣きそうな声で「彼女と別れた、もう死にたい」って言った。君がすきすぎて、もう死にたい。これに関しては事実だったし。その一言でぼくの話を生返事できいていた君からの通話が突然途切れて、ぼくは「ああ、あきれられちゃったんだ」って思って部屋に一人でじっと黙っていたら、なんだか無性に悲しくなってきて涙が出てきた。そんなところに、君がピンポンなんてチャイムを鳴らすもんだから、ぼくはもうたまらなくってたまらなくって、…それからどうして、君がぼくがわかれた彼女のかわりにぼくとセックスしてるのかがよくわからない。一体全体どんな流れでそんなことになるんだろう、ぼくはさっきまで邪魔者扱いしてた適当に放り投げだされていた枕を抱え込む。さっきまで君とつながっていたところが、ちょっとだけまだあついような気がする。そのまま君の着替えをじっと見ていたら、シャツを羽織る君が少しため息をつく。なんとなく、君はもうこの部屋にきてくれないきがした。

「…帰っちゃうの、」

シャツを軽くはおっただけのジャックに尋ねるぼくの声は、なるほどしにそうじゃないか。さっき(っていってももう8時間とかそんくらい前だけど)ジャックに電話したときも、そんな声だったのかなって思う。ジャックはまた小さくため息をついてぼくを振り向くと、さっきまでのセックスの余韻なんてなかったことみたいに呆れた顔をする。

「水を飲むだけだ、ばかもの」
「…ほんと?」
「嘘をついてどうする、貴様のせいで声がかれそうだ」
「ごめん、」

謝ったぼくをふん、とあざ笑って瞬間、君の手が華麗にそこらへんに転がってたクッションを手に取る。そこからはもう早業としかいいようがないスピードで君はベッドに寝転がったままのぼくの顔めがけて恐ろしいスピードでクッションを投げつける。華麗なフォームに、君は野球なんてやったことがあったのかいっていう無意味な疑問が頭の中を渦巻いた。たとえ投げつけられたものがふかふかのクッションであっても、痛いものは痛い。もろに顔面でジャックの剛速球のクッションを受け止めたぼくはぶ、とかう、とかそういう類のうめき声をあげて鼻の頭を抑える。な、なんだっていうんだ!

「!な、なに…」
「謝るな、惨めになるだろうが。」
「…え、あ、ごめ、」
「だから謝るなといっている、今度はクッションじゃすまんぞ」
「……、な、…なんで、そんなに怒ってるの、」
「!そもそもお前があんなことを言うから、こんなことになったのに」
「あんなこと?…、あんなこと…?」

あんなこと。あんなことってなんだろう、「死にたい」って言ったこと?そりゃ普段は絶対にそんなこと言わないけど、言わないけどさ。でもそんなことじゃないような気がする、一体なにを言ったのかなんてぜんぜん記憶にない。もしかして、ぼくがそういうふうに言ったから、ジャックはぼくとセックスしてくれる気になったんだろうか。男なんて初めてで、男とセックスなんてしたくもないジャックが、ぼくとセックスしてくれる気になった理由がどこにあるのか、ぼくは知りたかった。(そしてそこに付け入ってみたかった)

「ぼく、なにか言ったっけ、」
「…覚えてないのか貴様」
「ご、ごめん、ぜんぜん…」
「…呆れたやつだ、もういい、…俺は帰る」
「!…ご、ごめん、おもいだす、から、帰らないで」
「しらん、一人で好きにしてろ」

ごめん、ごめんってば。そういっても君の心にはもうすっかり届かないみたいで、ぼくは君とセックスした喜びでつい1時間くらい前のことなんて頭の中からすっぽぬけてしまう能天気なぼくの頭を恨んだ。帰らないで、帰らないで、そういうぼくの声は震えていて、今にもしんじゃいそうだって自分でも思う。そんなぼくの言葉をきいているのかきいてないのか、淡々と衣服を身に着けていく君の背中が遠い。あわててベッドから出ても、君はやっぱり手をとめてなんかくれないからぼくはそう、今すぐにでも死にそうだった。

「ごめん、」
「…新しい女でも探すんだな」
「むり、むりだよ」
「…は?それは俺に女を紹介してくれってことか、」
「ち、ちがうよ」

ちがう、ちがうよ、違うんだよジャック。だって、だってぼく、

「君がすきすぎて、死にそうなのに」

とたんに真っ赤になる君の顔を見て、ぼくはジャックが体を許してくれた理由をようやく思いだして、どうしようもなくて、ぼくも多分君とおんなじような顔してると思う。ほっぺがあったかいんだ。

「別れた彼女とかどうだってよくって、ぼくは君が好きすぎて死にそうなんだ」

つい1時間くらい前に口走った(らしい)せりふをそのまま口に出してみたら、君はどうしようもないような、嬉しそうなような、苦しそうなような、そんな顔で、笑った。


13,1,18


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