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カモミールバスルーム 2

「遊星たち、今日帰ってこないって」っていうぼくの言葉と「クロウのやつは今日はかえらないそうだ」というジャック声が重なったのはポッポタイムお決まりの夕食タイムの四分前、18:56のこと。すっかり窓の外は真っ暗で、ぼくの携帯とジャックの携帯が鳴ったのは本当にほぼ同時だった。
受話器越しの「帰らないから、」という遊星の声は、なんだかぜんぜん知らない人みたいで、ぼくはちょっとびっくりして、「う、うん、わかったー」とかしどろもどろに答えてしまったような気がする。
すっかり準備の整った食卓は、4人分の温かい食事が並んでいて、もうちょっとはやく連絡くれればよかったのに、ってちょっと思う。でも二人にもいろいろ用事ってものがあって、そこをぼくがとやかくいうことはできないんだと思う。
なんだかジャックとふたりっきりっていうのは、遅くまでおきてるいつもの夜ふけ以外だと初めてな気がして、ぼくはなんとなく言葉が告げなくなってしまった。ジャックは、普段饒舌なぼくが黙っていることが珍しいのか、はたまた自分のことを好きだ好きだとひっついてくる男とふたりきりなことに警戒しているのか、黙っている。そのままだまったまんま、夕飯を食べ終えて片付けをする。残りの二人の分は朝食に使いまわそうとラップをして、普段はさっさと自分の部屋に戻ってしまうくせに、こんなときばっかり、ジャックはぼくの手伝いをしてくれる。
そういうところが優しくて、ぼくはやっぱりジャックのことが好きだし、ジャックの背中を守ってあげたいって思う。でもそういうのは十数年ジャックと一緒にいたし、いろんなことを共にしてきた遊星やクロウなんかのお仕事で、ぽっと出てきたぼくなんかにはかないそうもないこと。それでもぼくは空になった食器を丁寧なしぐさで片付ける、君のしぐさがいとおしい。ぼくのマグカップを丁寧に洗う、その指がやさしくて、ぼくはやっぱり君がすきだって思う。(君がぼくのことを好きになることは、多分ないのにね。でもかなわなくたって、ぼくは君が好きだ。ハグだってキスだってセックスだって本当はしたい)


「ちょっと早いけど、お茶の時間にしようか」

片付けが全部終わって、お風呂に入り終わって、いろいろそれぞれしたいことも終わって、ようやくいつものソファに落ち着いたジャックに、ぼくはそうやって話しかけた。時刻は20:21。いつものお茶会は、大体22:00過ぎから午前0時ぴったりがタイムリミット。でも今日はいつもより1時間半くらい早い開始だからタイムリミットまでなんと3時間くらいある。ぼくは嬉しくて嬉しくて、ジャックが小さく「ああ」ってうなづいたとき、思わず踊りだしかねなかった。
ジャックはいつもどおり一旦部屋にもどって、ぼくに丁寧に蒸らさせてカップに注いで自分が幸せなきもちになるための種を用意してくる。ジャックがなんだかちょっとだけ恥ずかしそうに差し出したのは、カモミールの缶。半分も使ってない様子だけど、なんだか缶自体はすごく新しいようで、もしかするとすごい使用頻度が高いのかも知れない。カモミール、カモミールか。ぼくはあんまり飲んだことがない。なんだかすーすーしてあんまり好きな味じゃないからだ。ぼくはちょっと、うーんと考えた。カモミール、カモミールといえば。

「…もしかして、眠れないの?」
「…!…ああ、」

気まずそうに目をそらす。このあいだ遊星に、なかなか寝付けないという話をしたら「カモミールは不眠にきくらしい」と教えてくれたのでちょっと問いかけてみたらどうやらビンゴだったらしい。そんなに恥ずかしいことでもないのに、ジャックは少し恥ずかしそうにするもんだからぼくは不思議だった。眠れないなんて、だれだってあることだろうし。でもそれが長く続くのなら、何か対処をしなければいけない。

「いつから眠れないの?」
「……、3年前から。」
「どういうときに眠れないのか、よかったら教えて」
「………なんでお前なんかに。」
「ぼくはジャックが好きだから、ぼくなんかがなんとかできることなら、なんとかしてあげたいだけだよ」
「お前はいつだってそればかりだな、今度そんなことを言ったら二度と口をきけないようにしてやる」
「それ毎日聞いてる。…それで、どういうときに眠れないの?」

ちょっとだけ、気まずそうにジャックがまぶたを伏せる。ふさふさしたきれいな金色のまつげが、アメジストの瞳にゆっくり影を作る。その端正な瞳がちょっとゆがめられて、困惑したような瞳がぼくをちらりと見る。その様子が少し扇情的で、ぼくはますますジャックに詰め寄ってしまう。「君をそんな瞳にさせるものの正体が知りたいんだ、」なんてくっさいせりふを呟いてしまいたくなる。ねえ、って言ったらジャックはいらいらしたみたいにしたうちしたあと、ようやくその端正な唇をゆっくり開く。ジャックの唇の形はきれい、ふっくらしてて、本当に、見た目だけなら天使みたいなのに。(中身は悪魔なんだから侮れない。)

「だれも、……だれもいないときに、遊星とか、クロウとかが、」
「……そっか、」
「一人は好きだが、他人と一定の距離が保っていられないと、胸のあたりがむかむかする。」

それって、不安って言うんだよ。ってぼくは思ったのに、いえなかった。ジャックのそばにいる「だれか」の中にぼくはやっぱりはいっていない。そんなのわかりきったことのはずなのに、胸がきゅうって締め付けられて、どうしようもなくなる。手のひらの中の缶を取り落としそうになって、ぼくはあわてて持ちこたえた。うまく笑えているかわからないのに、ぼくはすぐ手を伸ばせば届く距離にいる君に手をのばす。なでるみたいに君の耳元に優しく触った。ジャックはあっけにとられているのか、元より抵抗する気もないのか、じっとしている。耳に触れても、どこに触れても、君は怒らなかったし、いつもみたいにしゃべりもしなかった。

「……ぼくは、」
「…」
「ぼくじゃ、だめなの、かな。」
「……、おまえは、」

お前は、だめだ、いらない。そういう言葉の続きを想像していたのに、ジャックはじっとぼくの瞳をその完璧に美しいキラキラしたアメジストの瞳でじっと物怖じもせず見つめる。自分のことをすいている男の瞳を、そうやってじっと見つめる意味をジャックはわかってやっているんだろうか。君の耳元をなでる手に、じっとりと汗がにじむ。

「お前は、距離が近すぎて、ひとりでいられなくなるから余計、…よくない。」

カモミールの缶がからからと音をたてて床に落ちる音も、君の唇に唇を重ねたぼくの耳にも、君の耳にも、きっと届いちゃいなかったろう。

12,12,03


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