小説 | ナノ

カモミールバスルーム 1

「ジャックが好きだよ」

ぼくが何度も何度も話した言葉の内容を、ジャックは全然ちっともこれっぽっちも理解してくれない。ジャックが好きだよ、ずっと前から好きだよ、会ったときはやなやつだなって思ったしこわいなって思ったけど今じゃ世界で一番だいすきだよ。
夜が来たので、ぼくは毎日の定例通り、一番遅くまで起きてる彼の隣でそんなことを囁きます。
ポッポタイムの夜は遅くて、ジャックは遊星たちが寝ちゃってもぼくが寝ようかなっていうまでリビングに居座る。それは多分けしてぼくがすきなわけじゃなくて、ぼくとたくさんの話がしたいからじゃなくて、ひとりきりでいる夜の部屋の、あの雰囲気が嫌いなんだと思う。(それは僕だって嫌いだ、そして遊星だってクロウだって嫌いだと思う。好きな人間なんていない。だから人は睡眠を必要とするのだ)
そうやって、一人の部屋を嫌う君の隣でぼくはそっとホットミルクをすする。君が傾ける紅茶の甘い匂い。寒い夜ってのは、こうしていないと凍えてしまうもので、いつからかぼくと君の夜にはお茶会がつきものになった。どうやらぼくがいれた紅茶をジャックはたいそうお気に召してくれたらしく、毎夜毎夜甲斐甲斐しく君のティーカップにアールグレイを注ぐ。それはたまにカモミールだったり趣向を変えてレモングラスだったりする。ぼくはジャックが出してくるそれらの数々を丁寧に蒸らして君のお気に召すように試行錯誤を巡らすのだ。それがどうやらなんとかお気に召したようなら、ぼくは安心してレンジで簡単にチンしたはちみつたっぷりのホットミルクをすすりながら「君が好きだよ」なんて言ってみたりする。

夜なんて、そんなことぐらいしかぼくが君にできることなんてない。

「……いいか、今度そんなことを口に出したら二度と口がきけんようにしてやる」
「なんでそんなに怒るの、」

ジャックはすぐ怒る。そのくせほんとはたいして怒ってない。その見極めがむつかしくて、ぼくはやっぱり遊星にはなれないなって思う。ぼくはジャックが好きだから、遊星にはなれなくてもせめて君の感情の機微くらい、一番に知っていられたらいいなぁ、とたまに思うんだけど世の中はそううまくは出来ていないのだ。

「そういうくだらない冗談は好かんというのだ」
「冗談じゃないってば」
「ならなんなんだ、毎晩毎晩」
「ぼくは、本気だよ。本気で君が好きだよ。」

君の手っていうのは、ほっそりしててきれいで、ぼくはたまにその手になでられたいとかつながれたいとかそういう不埒な想いを抱くときがあった。ぼくの、物をつくるごつごつしてて骨ばった手とはまるっきり反対のすらっとした白い指がぼくに触れるときったら、おもに殴るためとかそんなもののためなんだからぼくはそれが少し悲しかった。
なでられたい手のひらは、ぼくが用意した紅茶のカップを優雅にひと撫でして、そっと読みかけの本に添えられる。都合が悪くなったり、自分の分がわるくなると、そうやってすぐに黙ってしまう。

ぼくが知ってるそういうとこ。ぼくは君のそういうところだって、なんだって、大好きだ。

「愛してるよーだ、」

そうやってふざけたように話した言葉にも返事はかえってこなくって、そういうふうにいつもどおり、ぼくたちの夜は更けていく。


12,11,25


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