小説 | ナノ

しんじてほしかった

遊星が寒い時期になると思い出すのは小さなころのことだという。楽しいことも苦しいこともあった冬の日を思い出すって。自分に手袋を差し出して、かじかんで真っ赤になったジャックの手を思い出すんだという。夜中に寒い寒いというので、マーサに内緒で一緒にホットココアを飲んだ日のクロウの笑った顔を思い出すのだという。
そういう冬の日の隙間に、まだおれはいなかった。「ふーん、」といってそれっきり、会話がぱたりとやんでおれはとても気まずくなった。ベッドの中というのは、どんなに逃げ出したくても逃げ出せないから困る。(ときにおれが逃げ出したくなるときなんてのはほぼこないわけで、普段、おれにとっ捕まえられて散々なめにあってるのは遊星のほうなわけで、それを考えると遊星には申し訳ないことをしているなあ、なんて他人事みたいに考えるのだ。)
ブルーノがたまーにいう、龍亞はまだこどもだねーなんて言葉の意味が今になってしみじみわかる。(でもじゃあブルーノは、ちいさいジャックのかじかんだ手のひらに自分の手袋をかしてあげられなかったことを悔やんだりしないの?ってききたい。)ちいさな遊星の冬の日の隙間なんて、おれが入れるわけない。だってもしかするとまだ生まれてないかもしれないレベルなのに。やきもち、やきもち、やきもちばっかり、かっこ悪いなあ。でも、考えてみればおれがかっこいい日なんて一度でもあったろうか。

「悪い、龍亞はもう疲れているな、眠ろうか。」

遊星が年上の顔で、おれにそっと気を使った。やきもちだってばれてるのに、それも気づかないふりしてくれる。だって遊星は年上だ、おれより八つも上だ。そりゃあ年上のかおだってしてくれる。
悲しくなって、おれはちっちゃく「うん」って頷いた。白熱灯がそっと音もたてずに消えて、夜中の二時、ようやくおれと遊星に夜の帳が下りてくる。隣にそっと横たわる遊星の顔をじっと見ていたら、なんだか自分のかっこわるさがとっても申し訳なくなって、情けなくなった。

「ごめんね、」
「龍亞は、やきもち焼きなんだなあ」

うれしそうなかおで遊星がいう。でもやっぱり大人の顔してるし、年上の顔をしてる。一方、おれはやっぱり罪悪感とかまだごわごわ凝った嫉妬心とかで全然余裕がなかった。おれはまさか自分がどんなひどい顔をしているかなんてぜんぜんわかんなかったので、そっと遊星にくっついたら遊星の右手がおれの背中を優しくなぜる。なにともくっついてなかった遊星の左手をとって指を絡めたらきみはやっぱりすこし笑った。
おれだってもう今年で二十歳なんだよ、そんな年上の顔なんてすんなよ、って言いたいのに二十八の遊星は追い越せないどころかそもそものところ、追いつけない。それ以上大人にならないでよ、おれが追いつくまでちょっと待っててよって、いいたいのにいえない。おれの言う、そういう言葉は遊星をたまに傷つけるからだ。沈黙の空白を埋めることはできなくて、おれはやっぱり凝ったまま、遊星の左手をぎゅうって握る。

「おれ……、おれさ、かっこわるくない?」
「龍亞はかっこわるくないぞ」
「そうかな、すぐやきもちやくし、」

年下だし、年下だし。その言葉はぎゅってのどのおくにしまいこんでそのままのみこんだ。

「どちらせにせよかっこわるくても、かっこよくても、おれは龍亞がすきだ、だから大丈夫だ」

なにも心配しなくていいさ。

なにも不安に思うことなんかないのだ、と話す君の声はちょっとだけ掠れていて余裕がなかった。ごまかすみたいに、きみはひとつ咳払い。おまけにつないだ遊星の手のひらがじっとりと汗をかいていることにおれは気づいて、もしかして、っておれは思う。

「…、遊星緊張してる?」
「う、うるさい」

遊星が、緊張してる!ベッドの中は逃げられないのに、遊星は身をよじって必死でにげようとしているもんだから、おれはそのしぐさとか一生懸命年上の顔を取り繕うとしている遊星がかわいくてかわいくて、やっぱり絡めた左手をぎゅうって強く握った。
遊星でもすきだっていうとき、緊張するの?おれとおんなじで、もう好きじゃないっていわれることにちょっとだけびくびくしてたりするのかな、おれとおんなじだったりするんだろうか。

「か、かっこわるいだろう、こういうの」
「かっこわるくないよ、かわいいよ、すきだよ。愛してるよ」

矢継ぎ早に話す愛の言葉が、遊星の琴線に触れて、恥ずかしそうに身を寄せてくる。くっついた心音はお互いはちきれそうにはやくって、おれはちょっとだけほっとして、遊星はちょっとだけ笑ったようだった。

ちいさい遊星の冬の隙間におれがいなくったって、二十八歳の遊星の冬の隙間には、おれがいるから、それでいいのかもしれないなっておもった。またみっともなくやきもちはやくだろうけどさ。
おれにすきだっていうときの、きみの震える手のひらが、おれの冬の隙間だ。真実だ、本当のことだ、すべてだ。
もし、何度きみがおれをおいこして、おいつけなくても、おれはきっと、ずっとずっと、この冬の夜を忘れない。


12,11,3


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -