小説 | ナノ

あの朝を覚えてる

「寒い寒い」

そんなことを言いながらぼくのポケットの中でつないだジャックの手はふわふわあったかい。そこだけほわほわあったかくて幸せなのに、早朝の空気はぼくを突き刺すように痛めつける。こんな時間に買い物に行こうなんて言い出したのはどっちだったけな、忘れちゃった。
左手にもったビニール袋を揺すって吐いた溜息が外気に溶けたからわざわざ鼻先までマフラーにうずめたのに、残念ながらかばいきれない頬とかその他とかの部位が北風に叩かれて、つめたくて寒い。ぼくのマフラーは女の子みたいなホットピンク。いつだか誰だかにもらったピンクのマフラー。だれだったっけ、どんな風にもらったんだっけな、もう元の持ち主の匂いも影も形もしやしないや。

「寒いならきびきび歩け、馬鹿者」
「む、むりだよ…」
「情けない声を出すんじゃない!」

寒さにはめっぽう強いジャックは、冬になるといつだってぼくの一歩先を歩く。でもジャックの左手はぼくの上着のポッケのなか。ぼくの一歩先で、焦げ茶色のマフラーがゆらゆら揺れる。ジャックのマフラーは、去年ぼくがあげた。ジャックはもとよりマフラーなんてしてなかったから、ぼくが無理やり押し付けた。
去年も今年も、焦げ茶色のマフラーが一歩先でちらつくのをぼくはじっと見つめながら君の一歩あとを歩く。少しだけぼくのほうが歩幅が大きいからそんなに差はないのに大げさなことのように見える。そんなことも、今では当たり前になってしまった。

「寒い寒い、耐えられないよー。帰ったらずっとひっついてていい?」
「朝飯を作ったらな」
「ぼくがつくるんでしょ」
「手伝ってやってもいいぞ」
「そ、それは、その、ごめんなさい勘弁してください」

どういう意味だ!ときみが怖い顔をして振り向くので、ぼくはごめんごめんと苦笑いする。すっかり機嫌を悪くしてしまったらしい君は、なおさら早足で歩きながらそれでも片手はぼくの右ポッケに収まったまんまだ。

「ジャックはさー、」
「なんだ」
「寒くないの?マフラー、巻いてるだけで」
「…べつに、それほどではない」

俺はお前みたいに軟弱ではないからな!誇らしげにいうきみの後姿が、とてもとても、それこそ世界一かわいらしいなあってぼくは思う。
でも、ぼくがぼくのしているマフラーの元の持ち主のことをすっかり忘れちゃったように、春になったらこんなにかわいらしい冬の朝のきみのことも忘れちゃうんだ、もしかしたら。そんなことを思った。

「結んであげよっか。」
「べつにいい」
「ええー、ぼくジャックのマフラーむすびたいなー」

甘えた声でいうと、君はなんだかんだいっていうこと聞いてくれるだろ?君はこういうのに甘いよね、でもそれは、多分誰にだってそうなんだ。こればっかりは、遊星もクロウもみんな知ってる君の顔。甘えられると弱い。ほんとうは、ぼくだけに甘くなって欲しい。なんて、ぼくはどこまでも貪欲だ。

「仕方ないな、」
「やったー!ちょうちょ結びにしてあげるね、お揃い!」
「おいやめろはずかしい!!」

ほらね、やっぱり。甘えられると弱い、おねがいに弱い、女の子と年下に弱い。でも、ジャック、残念ながらぼくは君と同い年だ。(たぶん、おそらく、きっと)自惚れてもいいのかな。自惚れたら、君はぼくのことを許さないだろうか。とりとめもないことを考えながら、ぼくは確かな手つきで立ち止まった君のマフラーをほどいた。白い首筋に、思わず手がとまる。

「ブルーノ?」

すっかり動作が止まってしまったぼくを心配して、きみが声をかける。ぼくはといえばなんでもない、という風に笑って君の首筋にキスをする。冷たい首筋、ぼくの唇も冷たいだろうか。

「っ!ブルーノ…っ!」
「ぼくはね、ジャックが世界でいちばんだいすきだよ」

君の肩を閉じ込めて、すっぽり抱きしめる。ちょっとだけ居心地悪そうにしたジャックが、誰かに見られやしないだろうかと視線を彷徨わせる気配がする。そんなに心配しなくったって、こんな明け方に、もとよりひと気のないような道を好き好んで歩くようなやつはぼくたちぐらいのもんだろう。

「ジャックは、ぼくのこと、好き?」
「い、今更なにを、」
「今更でもなんでも、今、言って欲しいな」

頭を君の肩に預けたこの体勢じゃあ君の顔なんて見えないけれど、ジャックが言葉に詰まっている顔が浮かぶ。はやく、はやく、急かす鼓動。きみがもしも、ぼくのことなんてすきじゃなかったら。どうしようか、どうしようもないな。そしたら、ぼくはこの場で二度と動かなくなってしまって、君においてかれてもいいや。

「す、」
「……」
「すき、」

絞り出すような声。ぼくは少しだけ泣いてしまった。

「あの、あの、」
「なんだ」
「ぼく、ぼくもね、すきだよ」

ぼくは君と違って寒いの苦手な軟弱ものだし、ホットピンクのマフラーの持ち主がどんな気持ちで、どんな顔してぼくにマフラーくれたのかも全然思い出せないけど、そんな余計なことはどうだっていいんだ。
ぼくは、来年も再来年もそのさきもずっとずっと、ぼくをすきだというだけで真っ赤になるきみの、その顔だけ、覚えていたい。ぼくはきっと、ずっとずっと先、きみがぼくをおいていなくなってからも、この冬の朝を忘れない。

12,9,24



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