小説 | ナノ

あいしてるのは体だけ

「…っもー!また噛んで、」

痛いんだからね、と怒るふりをしながら噛み跡をさするブルーノはそれでも喜ばしげ。こいつは怒っているふりをするのが苦手だ。逆は得意なのに損だろうにな、と思う。が、しかしとうの苦言を呈されている俺にはそんなこと、正直まったく関係がなかった。噛まれている方はおとなしくかまれていればいいのだ。
ベッドの中でこうして裸で抱き合うのなんて何度めだろうか。正直、数えてもなんの足しにもならないので一度も数えたことがない。一度めだけ、一度めだけははっきりと覚えてる。無理やりこじあげられた痛みもなにもかも、そのときの感情も、それこそ全部、全部。それから何度も何度もそういう意味でなく寝室にやってきたこいつを、抱き返して、受け入れて、セックスという遊びに慣らしたのは他ならぬ俺だ。好きだよといって、キスを交わして、大事にされて、そういうステップを踏んでいないからこそ俺はこいつとの関係に甘んじていた。
好きだと告げても告げられても、それはなんの実にもならずに腐って泥の底に落ちて行くのだ。それなら今のままのほうが幾分かはましだろうと思う。こいつはどうだか知らないが、少なくとも俺は泥の中で腐ったりんごよりも綺麗で食べられるりんごがほしかった。
なぜなら俺は、人への気持ちの機微に関しては非の打ち所がない薄情者のクズ野郎だからだった。

「たいしていたくもないだろうに。」
「痛くはなくても、びっくりはします!」
「びっくりぐらいいくらでもすればいいだろう。」

そういう問題じゃないよー、と言って不服そうにほおを膨らませる。仮にも俺と同い年の成人男性がやるようなことではないと思うが、こいつがやるとなんだか間違っていない気がしてしまうのは何故だろう。
薄明かりの中の体に、うっすらと浮かぶ無数の赤い噛み跡にほっとする。腐ったりんごでも、食べれば名残は残るのだ。もしすぐに吐き出されてしまっても。俺ははずれなんて引きたかないが、こいつにはそのはずれを大事に大事にもっていてほしかった。傲慢だと言われるだろう、俺にはそういうやり方しかできなかったのだ。

「じゃあぼくもつけていい?」

嬉しげな声で問いかける。いちいち許可をとろうとするこいつのやり方は好きじゃない。憎らしい、こいつも俺がそういうやり方を好かないことをよくよく知っていてやっているんだからたちが悪い。

「……好きにしろ、」

ほの暗い羞恥心に吐き気がした。まだどこも触られてなんかないのに、ただ服を脱がすこいつの手がいやに紳士的で気に食わなかったから首元に噛み付いてやっただけだというのに、触れられることに慣れた身体のそこかしこがじんじんと熱を持った。
返答を聞いたブルーノが、にやにやとおかしな笑い方をして剥き出しの首すじに唇を寄せる。熱い。痛いような、心地がいい様な、首すじに寄せた唇が肌に痕を残すと俺はあ、とかう、とかみっともない声をあげずにはいられなかった。

「きもちいい?」

囁く声がにくらしくってたまらない。気持ちよくなんてあるものか、そう言ってやりたいのに頼みの綱の声は出なかった。喉が押しつぶされたように熱い。悔しげに睨みつけると、かわいい、と言って笑ったブルーノが俺の唇に唇を重ねる。いやに恭しい動作だった。そんな関係では無いはずなのに、この関係に愛情を持ち込まない風にしかけたのはこいつのはずなのに、すきだといって、かわいいといって、やさしくして、キスをして、体を重ねる。この関係が、そこらのそういう関係の奴らとなにが違うのだろうか。りんごの中身がどうかなんてのは、金のナイフで開いて見ないとわからないのかもしれない。
腐ったりんごも、綺麗なりんごも、両方ほしいというのはわがままなのだろう。でも俺は両方がほしかった。矛盾している。それは分かっている。それでも、愛されていたかったし、愛したくなかった。

「ジャック、あいしてるよ」

お前がどんなに言葉を重ねても、俺があいしてるのは身体だけ。



12,9,10


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