小説 | ナノ

どうかその手で

「おはよう、ジャック」

隣で先に目が覚めている青い頭をみると、無性に安堵する自分が情けない。はっきりとしない頭で、「おはよう」と返すと、「もうちょっと寝てていよ」とブルーノが言う。今日の朝食当番はたしかブルーノだったろうか、と考える間もなく降りるまぶたに逆らえず視界が真っ暗になった。

「また起こしにくるね。」

髪を撫でる手がやわやわと心地いい。
温かいような冷たいような、ちょうどいい温度の手のひらが頭を撫でた。その心地よさにそのまま意識を手放そうとした瞬間、俺ははたとして撫でるその手をつかんだ。
片目だけを開くと、ブルーノが不思議そうな顔で笑う。まだ薄暗い室内の空気は冷たくて、ブルーノの右手を掴んだままの手にもむき出しのほほにも容赦なく突き刺さった。

「待て、」
「ん?」
「……、首…、あれ…」

まわらない頭で必死に言葉を紡いだ。ようやく片目分だけの視界に、合点がいったような顔で柔らかく笑うブルーノが映った。

「ああ、はいはい。ちょっと待ってて。」

ベッドからよいしょと身を乗り出して手を伸ばしたブルーノを目で追う。俺を挟んで向こう側にあるサイドテーブルを探っているのはわかり切っていたので、自然と下がり続ける瞼と閉じていく思考を奮い立たせてその様子を眺める。意外に男らしい首もとに残った噛み跡に少し体温が上がった。

「ジャック、ちょっと首浮かして」

おとなしくそれに従うと、片目の視界でブルーノの見慣れた黒いチョーカーを持った右手が恭しく俺の首に触れた。
俺とこいつがこういうような関係(夜は共に寝て、朝は共に起きる、ただそれだけの関係だ)になってから、毎朝ブルーノの手でチョーカーをつけるように望んだのは俺の方だ。何度かそれを繰り返すうちに、それはすっかり毎朝の決まりごとになっていった。なんでこんなくだらないことを望んだのか、今になってはもう忘れた。忘れたのに、これがない日はなんとなく苛立つし、寂しいような気持ちになる。不思議な感覚だった、今までにない感情。自分でいうのもなんだが、俺は他人への感情の揺れ動きに関しては非の打ち所がない薄情者だ。なのに、なのに。

やがて、首の後ろで何かがパチリとはまる音が聞こえると俺はまた起きた時と同じ、安堵して一つ息をつく。パズルのピースみたいだ、居どころが安定しただけで、とても安心する。

「はい、できた」
「ふん、」

段々と下がって行く瞼に今度こそ逆らえずに瞳を閉じると、ブルーノの手が髪を撫でて、額を撫でて、瞼を撫でて、ほおを撫でる。心地いい。

「おやすみジャック、すきだよ。」

その言葉に答えることもせず、俺の意識はドロドロに溶けて沈んで行った。

12,9,2


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