3日目 A | ナノ








君は僕の光の子
 
3日目 A




(1)


「お父さん、これ……」

ルイはおずおずと、掲示板のディスプレイに表示されていた記事を指さした。
父はそれにそっと目線をよこし、一度目を通してから、再びルイを見る。


“ふれ合い動物祭り”


希少な存在である動物たちと過ごす時間を惜しげもなく子供たちに与えるそれは、この動物園の目玉だ。

「行っても、いい?」

白いワンピースのスカートをつかんで、躊躇いがちに尋ねる。

ただでさえ雑多とした園内だ。
イベント会場もそれ以上の混雑は避けられないだろう。

でも……記事に並べられた写真たちは、どれも頬を緩ませずにはいられないくらいキュートだったのだ。

チャコがいたら確実に、浮気や〜、と騒ぐところであろうが、チャコはチャコ、動物は動物である。
第一ここに彼女はいない。


――父は、しばらく黙りこくってルイを見た。

その様子に、やっぱりだめかな、と少し俯く。

「あ、でもだめなら、いいよ?」
「いや……」


ぽん、と。

ルイはその感触に、驚いて息をのんだ。


頭の上に、大きな手のひら。
優しく、包み込むように、ルイをそっと撫でる。


「行こうか」


ルイは驚いて、父の顔を見つめた。
そこに浮かんでいたのは、普段、母に向けているのと同じくらいの、やさしい――


「……うん……」


頬を染めて、微笑み返す。
少しだけ、ぎこちなかったけれど。

こんなちっぽけなことが、とってもとっても、嬉しくて仕方がなかった。






(2)


案の定、ふれ合い広場と名付けられたそこは、多くの人であふれかえっていた。
何とかぶつからないように歩くことは出来るが、それでも一度父とはぐれてしまえばもう再会は出来ないんじゃないかというほどだ。
子どもが多いからか、耳から入る刺激も大きい。


広い芝生の中、ぽつぽつと建てられた白い柵で区切られたスペースの前には、多くの人が並んでいた。
生きた動物と触れ合う機会は滅多にないから、これを機に良い思い出を作ろうという訳だ。

一番人気は、ぱっと見た限りはウサギだと思う。
それでも比較的動物自体の数が多いせいか、みんなすいすいと中に入っていく。

続いて犬、猫が同じくらい多く並んでいた。
運動性も高い彼らは、触れ合うと言うよりもリードを付けて一緒に走り回っている姿が隙間から見られる。


「どれが見たいんだ?」

ルイはぐるりと辺りを見渡して、考えた。

ほとんどどの列も、一時間以上待ち。
他にも園内の動物を見て回りたかったから、並べるのは一回きりだ。

ぐるぐると広場を回りながら、考える。
父は、黙って後ろを着いてきてくれた。


ウサギも、犬も、猫も、触ってみたいけど、何せ待ち時間が長い。
それにどうせなら、ロボットでも中々見られないような子たちと触れ合ってみたいし……。

そうしてルイが辿り着いた答えは――


「……本当に、ここでいいのか?」
「うん」


父が困惑気味に尋ねる。
ルイは大きく肯いて、広場の一番端、他の囲いと比べると一段と大きな、さりとて人気(ひとけ)が全くと言って良いほどない場所に立つ。

「おや、お嬢ちゃん。ふれ合い希望かい?」
「はい」
「珍しいねえ、ちっちゃい子はあんまり来ないんだよ。特に女の子は」

飼育員の男は、気さくに笑いかけた。
ルイの前には、もうとっくに子供といわれる年齢を過ぎ去った人たちが、ほんの三、四組しか並んでいない。

「コロニーには自分より大きい動物はいないからね。みんな怖がってしまって。それでもいつもはもう少し人も多いんだよ。お嬢ちゃんはついてるね」
「ありがとう」

ルイは微笑みながら、柵の向こうで悠々と闊歩するその動物を見た。

黒い皮膚。
どっしりと構えた四肢。
縦に長い輪郭を持つ顔――一頭の黒い馬だ。
鼻息交じりのいななきが、時折ぶるりと背中を震わせている。


「まさか馬とはな……」
「? 可愛いよ……?」


円らな瞳とか、長いまつげとか。
顔立ちも愛嬌があるし、何より気性が穏やかそうで、仲良くなりたいと思ったのだ。


そう言うと、父は呆れ半分、感心半分にふっと笑った。

「やはりお前は、ルナの娘だよ」

ルイは苦笑する。


――お父さんの子供でも、あるんだけどな……。


もう一度、柵の中で大人を背に乗せ、飼育係に誘導されながらゆっくりと歩く黒毛の馬を見た。
その色合いに父を重ねたことは、隠しておこうと決めた。






 







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