2日目 A | ナノ








君は僕の光の子
 
2日目 A




(1)


もしもこの場にチャコがいたのなら、今のルイを“鳩が豆鉄砲を食ったよう”とでも表すのだろうか。

まさか父の方からそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。

朝食の件といい、やはり父なりに気を使っているのだろうか。


ルイは戸惑いつつも、うなずいた。
幸い外は、いい天気である。

最も、コロニーの中では天気なんてあってないようなものだけれど。













綺麗に伸びた背筋。
持て余し気味の長い手足。
静かな足音――


思えばルイは、父の後ろ姿ばかり眺めていた気がする。

そっと広い背中を見つめながら、ルイはそんなことを思った。

正面きって相対すれば、目をそらしてしまう。
横に並べば、すいっと無意識の内に後ろに退がる。

安心して父の姿をじっくり眺められるのは、背中だけ。
だって後ろからなら、父の反応も見えない。
拒絶されることもない。

思い切って隣に並ぼうか、と思うこともあるのだけれど……。

どうしても踏み込めない。
それは一足も二足も飛び越えている気がして、躊躇してしまう。
これが母なら、すんなり隣に並んで手までつなげるのだが。


「…………」
「…………」


会話もないまま、父娘二人は昨日も車で通った道を歩んだ。

辺り一体を見渡しても、今までルイたちが居た家と同じタイプの一軒家がぽつぽつと立ち並ぶくらいで、ほとんどと言っていいほど人の気配がない。
きちんと整備された道も今歩くその一本だけで、両側にはまっすぐ伸びる街路樹が申し訳程度に並べられている。
おまけにその更に隣の窪地には、一面の麦畑が広がっていた。

他には何があるんだろう、と首を伸ばしてみれば、ずっと奥にドーム型の建物が小さく見える。
でもそれ以外は、本当に何もない。

カントリー風リゾート地と銘打ち、主にセレブの別荘地として開発中と聞いていたが、それにしたって閑静なコロニーだ。
なんだか一人広がる青空だけがとってつけたようで、妙に浮いていた。


ルイは大きく深呼吸した。

肺一杯に吸い込んだ空気は、月のものとは少し違う。
どこか湿り気を含んでいて、ちっとも乾いた感じがしないのだ。

空気の生産方法に、コロニー同士で違いがあるはずないのに。
この、ろくに建物もない風景がそう感じさせるのだろうか。


ルイはちらり、と前を歩くその背中を見つめた。
博識な父ならば、その答えも知っている気がして。

「ねえ、お父さん」
「……どうかしたか?」
「大したことじゃないんだけど、ね……」

胸元に手をやる。
緊張を抑えるように、小さく深呼吸した。

「ここって……何か特別なことでもあるの?」

けれど言い終えて、あまりのグダグダな物言いに愕然とした。
文法は成ってないし、主語もない。

ルイはあわてて、繕うようにまたパクパクと口を開いた。

「く、空気が違うから……。月のと」


――ああもう、どうしてこうも上手くいかないのだ。


ルイは漏れ出そうになるため息を必死にかみ殺した。
情けなかった。

何故、他の人と話すように出来ないのだろう。
父に対してだけは、全く“らしくない”自分になる。
初対面の人にだって、こうは成らないのに。


父がルイを見つめる。

それから少しだけ、目を細めて。
まるで、何かを懐かしむみたいに、足を止めて遠くを見つめた。

「……お父さん?」

ルイはその横顔を、恐る恐る見つめる。

「どうか、したの?」
「……いや」

父は、苦笑していた。

「確かに……空気が澄んでいるな。昔を思い出した」

昔――

それはやはり、例の遭難事故のことだろうか。

両親が出会い、今に続く“仲間たちとの絆”を結んだ惑星サヴァイヴ。
悲惨な、とか、不幸な、とか、人々はその事故にそんな言葉ばかりを並べるけれど……。

当事者である母はむしろ事故の原因となった重力嵐に、どちらかといえば感謝すらしている節があるのをルイは敏に察していた。
あの事故で得たものは、それだけ大きなものだったからと。

最も、それは皆で無事に帰れて何年も経った今だからこそ、言えることだろうけど。


父は、緩やかに口を開いた。

「多分、人が少ないからだろう」

それが、質問の答え。

けれどその意味がわからなくて、ルイは首を傾げた。

「人が少ないとそれだけ二酸化炭素の排出量も少なくるし、酸素も食いつぶさない。だから月と比べればより生産時に近い空気が巡っている」
「ああ……」

ようやくうなずく。

少し難しい単語もあったが、言わんとしていることはわかった。

「サヴァイヴも、こんな感じだったの?」

舌を少しもつれさせて、ルイは尋ねた。

父はそれに少し考えて

「そうだな……もっと湿り気はあったが、近いかもな」

そう応える。
目を閉じて、静かに空気を吸い上げた。


ルイは目を見開いた。

だってその表情は、とても穏やかに見えて――


それだけで、父も遭難事故には感謝している面があるのだと、わかった。






 







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