君は僕の光の子 1日目 C
(1)
シャトルが月を離れてすぐ。
シートベルト着用のランプが消えると、サーシャは笑顔でシャトルを探検しよう、と言った。
ルイはそれに笑顔で応え、クリスはやれやれといった風に肩をすくめた。
シャトルの中は広い。
ありとあらゆる乗客のニーズに応えるため、様々な施設が乱立している。
ゲームセンターに、カフェ。
映画館、図書館、仮眠室、パソコンルーム。
果てには教会まで建っている(もちろん神父もちゃんといる)。
到着まで大人しく席に座っている客なんて居やしない。
ましてや半日近くもかかる長旅だ。
中でも三人が一番心引かれたのは、やはり何と言ってもゲームセンターだった。
ピカピカとネオンがまぶしいその世界に、心躍らぬ子供がいようか。
しかし、残念ながら十二歳以下の子供は保護者の付き添いがなければ立ち入りは禁止されている。
八歳のルイ、サーシャはもとより、十一歳のクリスも、お呼びでないらしい。
仕方なく、三人は子供用の広場に向かった。
重力の軽い部屋で飛んだり跳ねたり、これはこれでなかなか楽しい。
夢中で遊んでいたら、すぐに汗をかいた。
喉も乾く。
今ルイたちが腰を落ち着けているのは、街中にでも普通に見かける有名なカフェのチェーン店だ。
周りには、楽しくおしゃべりとしゃれ込むカップルと、新聞を読みふけるサラリーマン風の男性しかいない。
ルイはオレンジジュースを一気に飲み干した。
ごく、ごくと耳の奥から音がして、キンと冷えた液体が乾いた体を潤す。
このジュースを、ルイはチケットを店側に見せるだけで得た。
お金は払っていない。
無料だ。
カフェどころか、ルイはシャトル中のほとんど全ての施設を無料で利用できる。
そういうコースなのだ。
けれど、サーシャとクリスは違ったらしい。
お金を払おうとしたところを止めて、二人の分のジュースはルイが頼んだ。
サーシャはちゅーと、クリームソーダをストローから吸い上げた。
「……ルイの家、お金持ちなんだねぇ」
「どうして?」
首を傾げる。
確かに、ルイの家は一般のそれと比べるとかなり裕福な部類だ。
母は惑星開拓技師の中でもエリートに値する地球勤務者。
私生活優先とはいえ、多分月々の手当は普通の会社員の倍くらいはある。
ましてや父は、言わずもがなである。
二人ともお金を派手に使うタイプではないので、実際に見たことはないが、預金額は恐ろしいほどケタが多いはずだ。
サーシャは、クスクスと笑ってみせた。
「だって、ファーストクラスチケットじゃない」
「予定通りお母さんが一緒に乗ってたら、普通に個室がもらえてたんだろ?」
「まあ……そうだけど」
ルイの場合、父親がアレなものだから、ほとんどタダで航空関連のチケットは手に入る。
こちらが正規にお金を払おうとしても、向こうが遠慮するくらいだ。
今回だって、父のいる星までのチケットは開拓船を所有する政府から、直々に送られてきた。
「お小遣いはもらってきたけど、いらなかったね」
サーシャが肩をすくめて笑った。
何しろお昼もタダで食べられるのだ。
クリスも少し考えて、ニヤリと笑う。
「父さんになんか買ってやろうか。つっても、そんな高いもんは無理だけど」
「ナイスアイディア! 確か、そういうお店あったよね。おみやげ屋さん」
ルイはうなずいた。
「Bブロックのだね」
「場所、覚えてる?」
「シャトルに乗る前に見取り図を見たから……。案内できると思う」
覚えようと思えば、一回見ればそれでこと足りる。
みんなは驚くが、逆にそれがルイには不思議だった。
案の定、けっこう仲のいい兄妹も、感心した様にそろって口笛を吹いた。
(2)
「おお、ほんとにあった」
「すごーい」
「はいろ」
二人の称賛が照れくさくて、ルイは先んじて自動ドアをくぐった。
店員は子供三人で一瞬不審そうな顔をしたが、何も言わない。
しかしそれとなく注意を向けられていることは何となくわかった。
まあ、無理もないか。
「何を買うの?」
「十ダールあるからなぁ」
「へえ、結構あるね」
後ろでわぁ、とサーシャが声を上げた。
「ねぇ、サービスでリボンかけてくれるんだって」
そう言って、パネルを指さす。
「あ、これ可愛い」
「この青いの? あたしはこっちのピンクが良いけどなぁ」
「……そんなことより、なるべく安くて、使えるもん選べよ」
「わかってるよ。でも、何買えばいいのか迷うんだよね」
「これとかどうよ」
クリスがそう言って手に取ったのは、白い小さなハンカチだった。
「開拓技師ならハンカチよりタオルと思うけど……」
「ていうか、センス無い。白地って……そんなのそこらのコンビニでも買えるじゃない。その端っこにとってつけたような花柄もヘン」
「…………」
それからの買い物の時間、クリスが何かを言うことはなくなった。
(3)
「――あ」
目に飛び込んできたそれに、ルイは思わず声を上げた。
衝撃が、小さな身体を抜ける様に走る。
木棚の上、無造作に置かれた深く、青い砂時計。
くぼみのところからシルバーのチェーンがかかっていて、どうやらネックレスになるらしい。
大きさは、多分ルイの小指の関節一つ分ほどしかないだろ。
とても小さなものだ。
取り立てて豪華な訳でも、騒ぐほど可愛らしい訳でもない。
至ってシンプル。
ただ、何故だろう。
引力にも似た何かが、ルイの眼を引きつけて放さない。
形も装飾も、その存在を主張する訳でもないのに、どこか目立つ。
それが、思わせたものは――
「ルイ、ルイはパパに何を買うの?」
「……っ!!」
ルイはびっくりして、思わず小さな悲鳴をあげた。
パッと反射的に振り返る。
「サ……サーシャ」
「な、なによぉ、そんなにびっくりすることないじゃない」
「ああ、ごめんなさい」
サーシャが隣に立ち、少し頬をふくらませる。
ルイは早鐘のように打つ心臓を押さえた。
本当に、驚いたのだ。
だってルイはサーシャに声をかけられるまで、そこに彼女がいたことにすら気づかなかった。
すぐ真後ろだったのに。
サーシャは、すぐに笑顔を見せた。
「で、何にするの?」
「何って?」
「決まってるじゃん。ルイのパパへのプレゼント」
――プレゼント。
「あ、もしかしてこの砂時計? 可愛いね」
そう言われて、目の前の棚のそれを改めて見る。
サーシャは砂時計をパッとつまんで、ひっくり返した。
サラサラと、青い砂が落ちていく。
最も、サイズがサイズなのでそれはあっという間に全て底に沈んだが。
その様子を、ルイは何ともいえない心地で見つめていた。
「これにするの?」
言われてみて、考える。
そもそも、ルイには父に何かを贈るという発想自体がなかった。
サーシャとクリスの買い物に、ルイは言うなれば付き合っているだけ。
兄妹の父親を知らない自分は、決して選ぶ側の人間ではない。
だからこうして、二人から少し離れた場所でぼうっとしていたのだ。
邪魔にならないように。
けれどそれが、サーシャの目には父親へのプレゼントを選ぶ子供のように映っていたらしい。
今までふらふらしていたルイが急に足を止めたものだから、てっきり目当ての物を見つけたのだと思った。
そういうことなのだろう。
ルイは再び、その砂時計を見つめた。
プレゼント。
つまりこれを父に贈って、もし父も受け取ってくれたなら――
(あのお父さんの首元に、これがかかる……)
想像してみたら、やっぱり、何ともいえない。
そもそも何かを手渡すこと自体が一つの試練のように思えた。
でも――
「……うん」
頑張ると決めたのだ。
遠い遠い距離を、少しでも埋めてみせる。
父にプレゼントを手渡すこと――。
きっとこれが、最初のステップ。
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