君は僕の光の子 1日目 D
(1)
およそ半日にも渡ったフライトは、何事もなく順調のまま終えた。
順調すぎて、到着予定よりもずっと早く着いたくらいである。
「パパー!!」
ゲートを抜け、目当ての人物を見つけるやいなや駆けていったサーシャの後ろ姿を、ルイは目を細めて見つめた。
とてもまぶしかった。
筋骨隆々のたくましい男性がサーシャの細い身体ごと抱き上げる。
そのままその場で、二回三回と回った。
「しょうがないなぁ」
ルイの隣では、クリスがその顔に苦笑を浮かべて立っている。
けれど、彼のほっぺはさっき見せた台詞や表情に反して、ほんのりと赤い。
素直じゃないなぁ、と自分のことを棚に上げて、ルイはクリスの背を押すように、二人の元へ歩いていった。
「パパ、ルイだよ」
お父さんに片腕で抱かれたままのサーシャが、ルイの方を指さす。
二人の父はルイの方を見て、その髭で隠れた口元に確かな笑みを描いた。
「シャトルで一緒になって、仲良くなったの」
「それはそれは……娘と息子が世話ンなったな。ロビンだ」
「初めまして」
ルイもその笑顔につられて微笑む。
ロビンの目尻の笑いじわが、更に深くなった。
彼はどことなく、ベルおじさんに似た人だ。
大きな腕や身体といい、雰囲気といい。
特別目を惹くところはないけれど、ポッと心を暖める、日だまりのような笑顔がある。
サーシャは、少なくともその性格は父親に似たらしい。
「ていうか、父さん来るの早すぎ。一時間以上も早く着いたのに」
照れ隠しなのか、そっけない口調でクリスが言う。
ロビンはくしゃりと息子の頭を撫でた。
「ったりまえだろ。何ヶ月ぶりかに我が子と会うんだ。二時間前からスタンバイしてたさ」
「ルイのパパはいないのかな?」
サーシャがきょろきょろと辺りを見回して言った。
多分、ルイに似た男の人でも探しているのだろう。
最も、ルイと父はこれっぽっちも似てはいないし、当の父だって少なくともこの近辺には見あたらないようだが。
ルイは肩をすくめた。
「そうみたい」
「お父さんって、どんな人なの?」
クリスが尋ねる。
ルイは、うーんとうなった。
「黒髪で、目つきは鋭めで、アジア系」
「写真とかは?」
「ない、なぁ」
「そっか」
ふう、と息をつく。
黒髪にアジア風の顔立ちの男性なんて、この空港だけでも何人いることやら。
幾ら開発途中のコロニーとはいえ、人が少ないわけでは決してないのだ。
スーツを着たサラリーマンが大半を占めるとはいえ、カメラを構えたコロニーマニアの観光客だっている。
夏休みと言うこともあるし、近くの惑星にそこそこ大きい動物園が建っているものだから、それを目当てにやって来る家族連れもちらほらだ。
それでもめげず、サーシャとクリスはルイの言った特徴の人を探そうと首を回した。
二人のその気持ちは、純粋に嬉しい。
だからルイは静かに笑って見せた。
「一時間もしたらさすがに来てくれるだろうし、私、待ってるよ?」
「馬鹿言うなよ。子供一人でこんなところにいたら危ないだろ」
「ルイのパパが来るまで、一緒に待ってよ。パパ、いいでしょ?」
「ああ。もちろんだ」
即答したロビンに、申し訳なくてルイは頭を下げた。
それでもやっぱり、見知らぬ場所で一人にはなりたくないと思っていたから、少しだけ、ホッと息をついて。
「すみません。ありがとうございます」
「いいって。にしても、しっかりしてるなぁ」
「ルイは頭もいいんだよ。一回しか見てないシャトルの地図も覚えてたんだ」
「ほぉ、そりゃすげぇ。あれか、天才って奴か」
「まさか、違いますよ。私はそんなんじゃないです」
それは、父の代名詞だ。
何をしたって、並外れた結果を残してしまう。
非の打ち所がない、神様に選ばれた存在。
そんな人と並べるほど、ルイはすごくない。
せいぜい、普通より少し物覚えがいい、と言う程度だろう。
どちらかといえば、これも母似だ。
ルイはうーんとうなって、頬をかいた。
(2)
「あ!!」
突然、いつの間にかロビンの肩の上に登っていたサーシャが声を上げた。
みなが一斉に、サーシャを見上げる。
「どうかしたのか?」
「ルイのお父さんって、あれじゃない?」
「またか?」
「三度目の正直!」
ルイは笑いながら、その小さな指で指し示した先を見た。
団子のように一塊になった人混み――確実に十人はいるだろうか。
明らかに航空関係者と思われる格好の者が多いのが、少し異様だった。
「どこだよ?」
「ほら、あそこ! 真ん中の方!」
クリスが目を細めてうなる隣で、ルイは息をのんだ。
その中心、人々の隙間からかすかに見えたのは、確かに今時めずらしいほどに黒い髪。
顔まではよく見えないが、間違いない。
どこか周りとは違う、ある種異様なオーラを放つその人。
ああ、父だ――
「お、父さん……」
思わずポツンと呟く。
あの群れの中でにいても、父の姿は自然と目を惹く。
彼はそう言う種類の人間だから。
「え、ほんと?」
ルイは頷いた。
これで、何故あそこにパイロットやキャビンアテンダントたちが密集するのかがわかった。
むしろ、どう見ても一般人といった人々まであそこにいることの方が不自然だ。
そう、父は、囲まれていた。
航空業界では、知らぬ者などいない有名人。
人類が半世紀かけることを、たったの十年で成し遂げてしまった本物の天才――
「ありゃあ、有名なパイロットさんじゃねえか」
「父さん、知ってるの?」
「んー、仕事上たまに話には聞くからな。連邦軍のエースさまだよ。正式には軍属じゃあないらしいが」
クリスの問いに、ロビンが頷く。
次いでそのまま、ルイを見下ろした。
「なるほど、あの人の子供だったのか。頭がいいのは親父さん譲りか?」
「いえ、私はお父さんほどじゃ……」
「もー、パパ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あっちからじゃルイもわかんないよ! どうにかしなくっちゃ」
「そうだね」
妹の言葉に、兄が頷く。
確かに、彼女の言うとおりだ。
興奮した様子のパイロットたちにしきりに話しかけられている父を見るに、こちらには到底気づけそうもない。
何しろあの人混みだ。
「まあ、そこはまかせとけ」
それでもロビンは、ニヤリと笑って見せた。
「サーシャ、ちょっと降りてな」
「? うん」
サーシャがロビンの大きな手のひらで脇を抱えられて、下に降ろされる。
一気に目線が近くなったサーシャと顔を見合わせ、二人で首を傾げた。
と――
「さて、ルイちゃん。ちょっとじっとしてろよ」
「はい?」
彼はそのまま、今度はルイを抱き上げた。
「わっ!!」
いきなり視界がぐんと走る。
あっという間に、ルイはロビンの右肩の上に収まった。
手のひらには、ちくちくとわずかに刺さるロビンの赤い髪。
視界だってとても高い。
父の姿が、さっきよりもずっとよく見えた。
「ほら、お父さんを呼んでみな」
「よ、呼んでみなって……」
突拍子もないその言葉に、何故かあわてる。
下では、クリスとサーシャがなるほどというように笑いあっていた。
「気づきませんよ」
「だーいじょうぶだって。こんなに早くから迎えに来てンだから」
「――っ」
言われて、気がついた。
そうだ。
迎えに、来てくれたのだ。
一時間も早く、着いたのに。
「お腹の底から叫ぶんだよ!」
「ま、無理なら父さんに行かせればいいよ。無駄にでっかいんだから、あの中にも入っていけるって」
はるか下の二人を見て、父を見る。
気づいて、もらえるだろうか。
それとも、気づかないだろうか。
でも――
(も、し……気づいて、くれたら……)
鞄に入れた砂時計を、思う。
案外、思うよりも簡単に渡せる気がした。
きゅっと、身体中に力がこもる。
たったこれだけのことなのに、ドキドキと緊張する自分がいた。
ルイは、思い切って口を開いた。
「――おとうさん……っ!!」
それはみっともないほどかすれて、うわずっていた。
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