君は僕の光の子 1日目 B
(1)
父のことが、嫌いな訳ではない。
だって、お父さんだ。
まぎれもなく、同じ血を分けたかけがえのない家族。
嫌いになれる訳がなかった。
でも父が、自分のことをどう思っているのだろうとか。
少しは気にかけてくれているのかなとか。
そこが全く、つかめなくて。
友達は、あの父を父に持つルイをうらやましいと言う。
若くて、かっこよくて、そこそこ有名で。
天才、偉人と評される父を、キラキラした目で見る。
「いいなぁ。私もルイちゃんのお父さんみたいなパパが欲しい」
けれど、ルイにはわからなかった。
確かに、友達の言う通りの素晴らしい人だけれど。
不満を口にすれば、贅沢者とそしられる父だけれど。
嫌われているかもしれない。
疎まれているかもしれない。
どころかそれすらもなく、ただ無感心なだけなのかもしれない。
いつだってそんな考えがぐるぐるとめぐる。
そうでないと言いきれる自信がなかった。
そして、親の愛を信じきれないというのなら、それは愛されていないのと同意義なんじゃないだろうか。
それを思うととても悲しくなるし、余計臆病になってしまう。
でも――
最後に見えた母のあの顔がよぎる。
誰よりも父に会いたがっているくせに、それをこらえて、ルイを送り出した。
それだけこの距離が少しでも縮まることを、願ってくれたのだ。
だから、頑張ろうと思った。
誰よりも家族を愛している、母の為にも。
――大丈夫。
ルイは自分に言い聞かせた。
だって、一週間もあるのだ。
それに父だって、母の企みは知っているハズ。
それでも二人きりで過ごすことを承知してくれたのだから。
父もきっと、この何もない関係を憂いてくれている――
今はまだ、そう信じていたかった。
(2)
「ねえねえ、お名前はなんて言うの?」
ルイは持参した電子ブックから目線を外し、顔を上げた。
目の前には、ブロンドの髪を肩に乗せた、同じ年くらいの女の子。
「ルイだよ」
笑顔で右手を差し出す。
向こうもぎゅっと手のひらを握り返してきた。
「あたし、サーシャ。こっちはクリス。あたしのお兄ちゃんなの」
「……どうも」
「よろしくね」
ルイよりいくつか年上だろう男の子とも握手を交わすと、彼はそっと微笑んだ。
サーシャとクリス――兄妹と言うだけあって、鼻の頭のそばかすまで二人はそっくりだった。
二人にはルイと同じく、保護者はいない。
シャトルに大人の付き添い無しで乗る子供は、一手にキャビン・アテンダントのお世話になる。
対面式のこの四つの座席は、そんな子供だけの指定席だ。
最も、お世話になると言ったって、それは離陸前と着陸後のみの話。
航空中はけっこう勝手をさせてもらえるらしい。
サーシャはこういうのに慣れているらしく、きゃらきゃらと笑いながらそう言った。
「向こうに着くまでクリスと二人っきりだと思ってたから、ルイが居てくれてよかったよ!」
「確かに、他の子どもはみんな家族と一緒だもんね」
「そうそう。そもそも行き先自体が開発途中のコロニーだから、あんまり人もいないでしょ?」
「ああ、そういえば……」
夏休みまっただ中だというのに、確かに乗客の数は驚くほど少ない。
おまけにその多くはきっちりとスーツを着込み、いかにも出張ですといったスタイルだ。
ほとんど何もない宇宙の端を旅行先に選ぶ人も、あまりいないのだろう。
「ルイはなんでシャトルに一人で乗ることになったの?」
「昨日になって突然、お母さんにお仕事が入っちゃったの。ついて行くわけにもいかないから、しょうがなくね」
「パパは?」
「……これから会いに行くの」
「そうなんだっ」
サーシャの顔がぱぁっと輝いた。
「あたし達もだよ。パパはコロニーの開拓民でねー、単身赴任してんの。ママもお仕事が忙しくて行けないんだって」
「へぇ、そうなんだ」
サーシャが興奮気味に頬を染める。
久しぶりに父親と会えるのが、よっぽど楽しみらしかった。
「パパに会うの、三ヶ月ぶりだよ。ルイは?」
「半年くらい、かなぁ」
「そんなに? じゃあ、パパは嬉しいね!」
――嬉しい……?
眉を寄せる。
いつも無表情のあの父に、それは何とも不釣り合いな言葉に思えた。
「いやぁ、それはどうだろ」
だから曖昧に、そう返す。
サーシャは不思議そうに首を傾げた。
「なんで?」
「なんでって……そういう人だから」
「わかんないよ。だってパパじゃない。パパはあたしの顔を見るだけで幸せだって言うよ」
「うん、そうだけど……。私のお父さんは、そういうの言ってくれたことないし」
父の言葉は、いつも少ない。
実のところ、ルイは父が自分に向ける笑顔すらもあまり見たことがないのだ。
いつもうつむいているから、気づかないだけかもしれないけれど。
ルイは頭をかいた。
決意が砕けそうだ。
あまりに前途多難すぎる。
サーシャに、遠距離親子が上手くいく秘訣でも教えてもらおうか。
……いや、サーシャの父はあの父ではないのだから、意味はないか。
「ルイ?」
「サーシャ、少しは静かにしてろよ」
しばらく考えこんでいたら、クリスが妹をたしなめていた。
サーシャは頬をふくらませる。
「えー、なんで?」
「ルイが迷惑するだろ」
それに驚いたのは、ルイの方だった。
サーシャも一気に振り返ってルイを見る。
「え? なんで? ルイ、迷惑?」
「そんなことないよ」
「だよね? もお、クリスっていっつも変なこと言うから」
「ほんとか、ルイ。 こいつっておしゃべりだろ? 変に遠慮してたらマシンガントークに付き合わされるぞ」
「私は半日間ずっと一人で居るより、そのマシンガントークの方がいいけどなぁ」
「うんうん、ルイっていい子! あたしたち、いい友達になれるよね!」
「もちろん」
笑顔が自然にあふれ出てくる。
明るいサーシャの笑顔は本当に太陽みたいで、こっちの心までポッと暖かくなっていく。
これから先に待ち受けているであろう受難ごと、照らしてくれるようだった。
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