君は僕の光の子 1日目 @
どうかこの七日間が、親子にとって恵み多き物となりますように。
(1)
「じゃあルイ。お父さんによろしくね」
母のその言葉を、ルイは今にも泣きだしそうになりながら聞いていた。
その足下では、チャコが眉を下げてルイを見上げている。
「一週間もしたら、うちらもそっちに行く。すまんな」
「チャコ……」
きゅっと胸が痛む。
これから先の不安ばかりが、影のようにまといついていた。
払っても払っても、振り返れば必ずそこにいるのだ。
「向こうに着いたら、連絡してね。必ずよ」
「……うん」
もう、母と手をつなぐわけにはいかない――
そう思ったら、途端に空いた手のひらが寂しくなって、ルイは肩にかけたリュックの肩ベルトをぎゅっと握った。
それはお守りに、と貸してくれた、少し古い母のもの。
ルイの小さな身体と比べれば大きすぎるそれの中には、数日分の日用品が詰め込まれている。
昨日までは、これを使うのは当然のように母だと思っていた。
「ほら、アレがあんたの乗るシャトルや」
チャコが――恐らくわざとなのだろう――明るい調子でそう言い、ガラス窓の向こうを指さした。
ルイも静かにそちらへ目線を向ける。
吸い込まれそうなほどに暗く輝く宇宙。
ルイの何十倍、何百倍も大きなシャトルが、縦横無尽に飛び交う場所。
エアポート。
ガラスの壁には幾人もの子供たちがへばりつき、シャトルやそこで働く人々を目を輝かせながら眺めていた。
興奮した様子で、時折感嘆の声を上げている。
けれど、それでルイの心が浮き立つことはなかった。
むしろ、チャコには悪いが余計に気が重くなったほどだ。
あれは父のいる遠い遠い星へ向けてのもので、元々は母やチャコも一緒に乗るはずだったのだ、ということを思えば。
母はルイのその様子を見て、困ったような笑い顔で息を吐いた。
「まぁ、いいわ。今はしゃいで、向こうに着く前に疲れきってしまったら困るもの」
「そんときゃ、お父ちゃんに背負ってもらい。こう、可愛く瞳をウルウルさせて、疲れちゃった、なんて言えば一発や。語尾にハートマーク付けてもええで」
「む、無理だよそんなの!!」
「チャコ! ルイも本気にならなくていいから」
もう、と母がチャコを睨む。
チャコはいつもの彼女らしく、悪戯気に笑いながらペロッと舌を出した。
(2)
父に休暇が与えられた、との報せが月の自宅に入ったのは、今より一月ほど前のことだった。
肝心の父本人と直接連絡を取れるようになったのは、それから一週間後。
ルイはその一報を、喜ぶ母の後ろでうつむきながら聞いていた。
貴重なお休み。
期間は二週間と、長くもなければ、短くもない。
『ただ――』
けれどテレビ画面越しに見た父はめずらしく、それとわかるくらいには苦々しげな顔をしていた。
『今はこの前発見したばかりの航路を進んでいる最中なんだ。色々と、危険も多い』
「うん、ニュースで見たわ」
『そうか』
「じゃあ、やっぱり拠点の星からは離れられないの?」
『ああ……』
それを聞いて、ルイはやっぱり、と思った。
休暇が取れても父が月に帰って来られないことはたびたびある。
そういうときはいつだって、新しく発見された航路のことがニュースになるのだ。
父の職業はパイロット。
それも太陽系人類にとって未知の宇宙領域を先陣切って進んでゆく、危険多き開拓船の、だ。
“上”としては、緊急時にすぐに対応出来る様、手駒は少しでも船の近くにそろえておきたい。
そして――その緊急事態が起こりやすくなるであろう今のタイミングで、父を宇宙の真ん中である月に帰すことなど、論外だと判断されたのだろう。
そうでなくても父の航空技術は、粒ぞろいの開拓船の中でもずば抜けているのだ。
抜けた穴を埋めれるほどのパイロットが他にいないのが現状だった。
『悪い……』
それでももちろん、父にだって拒否権くらいはある。
待機命令だなんて、軍人じゃあるまいし、ただでさえオーバーワーク気味なのだ。
上からのお願いをけっ飛ばして家に帰ってきたって、誰も責めたりはしないだろう。
けれども父は、宇宙の恐さを誰よりも理解している人だから――
父がその頼みを断ったことは、多分一度もない。
危険にあふれた、右も左もわからぬ闇の中に他のクルーたちを置いていける人ではないのだ。
「ううん。しょうがないよ」
母も、当然のようにそれを受け止めている。
あんなにも仲が良い二人なのだから、離れて暮らすことを寂しく思わないはずがないのに。
誰にも文句一つ、愚痴一つ言わず、ただ一人でじっと耐えている母の姿を、ルイは時々見ることがあった。
「でも、今回のお休みまでにはこっちも夏休みに入るでしょう?」
『ああ、そうだな』
「だからね、今度は私たちがそっちに行くわ。三人で」
『そうしてくれると助かる』
母が嬉しそうに笑う。
チャコもだ。
ルイだけが、浮かない顔だった。
父からは見えるかどうかもわからないくらいはじっこで、膝を抱えて三人を見つめる。
「ルイもいらっしゃい」
動くのは、母が呼んでから、ようやく。
緊張しながら、ルイは母の隣に立った。
けれどその目線は自然と父の首もとへゆく。
ルイはたとえ電話越しでも、父の姿をまっすぐにまともに見つめることが出来ないでいた。
目を合わせるのは気恥ずかしいし、怖くもあった。
だから、父が今どんな表情をしているのかはわからない。
恐らくは、いつもの無表情だろうけど。
『――久しぶりだな』
しばらくの間をおいてから、一言。
義務的だな、なんて思いながら、ルイはうなずいた。
「……うん」
それが、ほとんど半年ぶりに顔を合わせる親子の今だった。
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