天使を見つけた日 | ナノ







天使をつけた日






(1)


彼と僕との付き合いは、かれこれもう二十年にはなる。

俗に言う天才ばかりが集められた学園で、僕らはルームメイトだった。


初めて出会ったのは、五歳の時。

才覚あるが故の変人が多いあの学園の中でも、彼は輪をかけて変だった。


まず、口数が極端に少ない。

一日中喋らないことだってざらだった。
こちらから声をかけても、完全に無視。


それから、いつも無表情。

あの年頃の子供はたいていが両親を思って寂しくて泣くのに、彼にはそれがない。

最も、こっちに関しては彼の生い立ちが関係してるんだけど。
当時の僕や他のみんなはそれを知らないから、すごく浮いていた。

だいたい、それを抜きにしたって僕らは彼の笑顔すら見たこと無かったのだ。
これってすごく異常なことだと思うんだよね。


極端に人と関わらない彼はほんと、一匹狼って感じだった。

それでいて成績が良いんだから、当時の僕はほとほと感心したものだ。
口にすれば思いっきり顔をしかめられたけど。


……そりゃ、点数だけを見れば確かに僕の方が少し上だったかもしれない。
でも僕の場合は周りの支えがあってこそのものだったからね。

たった一人きりでは立てない、子どもだったんだ。


前々からずっと友達になりたくて、だから六歳――初等クラスに上がってから部屋が同じになった時は、本当に嬉しかったなぁ。
これで少しは仲良くなれるかも、なんて思って。


学園の部屋割りは成績によってめまぐるしく変わるんだけど、幸いなことに僕らは一人部屋になる年齢まで、ずっとルームメイトだった。

実習なんかでもよく組まされたし、その間に交わした言葉はきっと誰よりも多かったはずだ。
……たかがしれているけど。



自分で言うのも何だけど、僕らはあの施設学園の中でも飛び抜けて優秀だった。

仲間たちが成績が足りずに次々と退学していく中、僕らは最後まで残って、卒業までしたんだから。


最終クラスまで行くと、同級生は両手で数えられる程度しかいない。

その中でも初等クラス前から集められ、最後まで残ったのは僕たち二人だけだった。
後はみんな、途中から補充されたメンバー。


もちろん、そのみんなも僕にとっては大切な友達だ。
今でも時々連絡を交わす。

でも彼と過ごした時間だけが特別飛び抜けているから。
最早僕の中で彼はもう、家族よりもそれらしい感覚になっちゃってた。


大きくなってほんの少しは社交辞令を覚えたとはいえ、彼はまだまだ無愛想だった。
やっぱり滅多に口を開かないし、笑うこともない。

それでも僕が根気よく話しかければ、二言三言くらいは返してくれる。

もう僕も長く一緒に居すぎて、その無表情からも表情を読み取れるようになっちゃってた。


だからか、最終クラスの友達は僕は彼の相棒だという。

何しろ彼とまともに会話できるのは僕だけなのだ。
他のみんなとは、話はするけれど、必要最低限のことだけ。
世間話……は、ハードルが高すぎるけど、それに近いものすら不可能。


僕が無理矢理引っ張り込まなければ、彼はみんなの輪の中にすら入っていかないだろう。
だから彼は、自分の意志すらも代弁することがある僕を頼りにしている、というのがみんなの言い分だ。


でも僕はそれを聞く度に、どうかな、と思った。

だって例え僕が居なくなっても、彼はきっとちっとも困らない。
その才能があれば、極端に無愛想だって世間は求めてくれる。

僕にとっては寂しいことに、彼は寂しくすらも思わないだろう。


僕と会話を交わすのも、一緒にいるのを嫌がらないのも、一重に重ねた歳月のおかげ。
彼は平気で一人で居られるのだから。


僕は彼を友達が言うように相棒だと思っているけど、一方通行なんだよね。

彼自身は僕をそんな風に思っていない。


それでも、学園を出る前に二人で会社を興そうと誘えば乗ってくれたし、たまにくらいは相手してもらえる。
だから、もうそれでいいやって思ってた。


彼は他者への関心が極端に薄い。


それを認めず、無理矢理ねじ曲げなくても、仕事上では確かにパートナーの位置にいるんだから。

うん、まあ長くなったけど、最終的に僕が言いたいのは、そういうことだ。


二十年付き合っても、彼にとって僕はただの仕事上のパートナー。

存在は認識してもらっているし、会話もするし、居たら便利だけど、居なければならない存在ではない。


人も羨むような美女にだって執着しない。
他者との関わりを求めない。

それは僕も含めた、全部。
例外は……僕が知る限りは過去にたった一人だけかな。


それが二十年はかけて築き上げた、僕の彼に対する認識だった。
そして、おおむね事実なハズだった。


当時はそこから何年も経って、まさかその認識が儚くも砕け散ることになるとは思ってもみなかったからね。






(2)


「はぁー!? 子供を引き取るって、君がかい!?」


僕は心底驚いた。
今彼が言った言葉を信じられず、思わず素っ頓狂にそんな声が出たほどだ。


けれどそんな僕とは裏腹に、当の本人はいつもの涼しい顔。
鬱陶しそうに紺のネクタイをゆるめ、シャツをはだけさせてソファーに身を沈める。

巷では僕らのことを“イケメンやり手コンビ”だなんて呼んでいるけれど、それって少なくとも彼に対しては本当だと思う。
同性で、付き合いの長い僕ですら、その姿は素直にかっこいいと思った。


彼――カオルはどこからかタバコを取り出し、一服した。

何にも執着しない彼からすれば、これもまためずらしいことだ。
……ていうか、ここ禁煙なんだけど。


白い煙が、事務所内の空気を汚染する。
僕は眉を寄せたけれど、そのことで文句を言うのはまた後にしようと思った。

カオルは、静かに口を開いた。


「――ああ」


それが、さっきの質問の答えだった。
実に簡潔で、わかりやすい。

彼が冗談を言う質でないのは誰よりも僕が分かっているので、本当のことなんだろう。
僕は眉間のシワをいっそう深くさせた。


「一体、何でまた……」
「言う必要があるか?」
「あるね。僕らの年齢で養子縁組、なんてそんなにポピュラーじゃない。つまり……」
「マスコミか?」


僕はうなずいた。


「君の女性遍歴は有名だからね。同時にその冷血漢っぷりも。子供を引き取るなんて言ったら、隠し子だの何だのと騒がれるのは目に見えてるよ」


まあ、本当はそんなの建前だけど。


だって、あのカオルだ。

他者への関心は薄く、物事に執着しない。
うるさいのも厭うし、とてもとても、子供が好きだという性格じゃないんだ。

そのカオルが、何の理由もなく子供を引き取るわけがない。


今その子は十一歳だというから、まさか、十五歳の時の子供だという話もあり得なくはなかった。

いや、カオルがそんなへまをするとは思えないし、我が子といえども一刀両断しそうなもんだけど……。


とにかく、何かしらの理由はあるハズなんだ。

僕の今までの彼への認識を根底から覆すかもしれない何かが。


(――まさか)


僕は、はっと口元をおおった。


「まさか君……だ、だめだよ!? いくら普通の女性に飽きたからって、普通が一番なんだからね!!」
「……殴り倒すぞ」


あれ、違うの?


僕は頭をかいた。

まあ、例えその子供を引き取る理由が“それ”であっても、そういうお店に行けばいいわけだし……(いや、良くはないけど)。
やっぱり違うか。


カオルは、はぁ、と息を吐いた。

長いまつげが伏せられ、その奥にかすかに見え隠れする瞳を、僕は確かに過去に一度、見たことがある。


「お前、ソール先生を覚えているか?」


僕は驚愕と共にうなずいた。
当たり前だった。


太陽の名前を持ち、あの息が詰まるような場所で、僕たちを照らしてくれた人……。


忘れることなんて出来やしない。
その、最期まで。


ぐらりと視界がゆれた気がした。


「――まさか」
「ああ。そういうことだ」


くらむような青い瞳を思い返す。

そうだ。
何故気づかなかったんだろう。

娘が産まれたとあんなに喜んでいた。
十一年前だ。
その赤ん坊だって確かに見たはずじゃないか。


「じゃあ、先生の奥さんは……」
「病気だったらしい。ほんの半年前だ」


きゅっと胸が痛む。
先生最愛の人。
家族の温もりを知らない僕らに、包むような暖かさを与えてくれた。


自分の恩知らずさに、いい加減に嫌気がさす。
結局僕たちは、恩人の危機に間に合わなかった。


「君、どこで見つけてきたの?」


二人の、忘れ形見を。


カオルは、またタバコの煙を吐き出した。


「……半年前の寄付」
「じゃあ、そこにいたの? 君が過去居たその施設に?」


運命を信じてみたくなった。


「最初は……ただ似ていると思った。目が。飼い猫を保健所に送られそうになって、それを奪い返そうと必死に泣いていたな」
「猫? もしかしなくても、四月に君が突然僕に預けてきたあのチャコかい?」


カオルは何も言わないけど、その様子から否定する気がないのは手に取るようにわかった。


ちなみにそのチャコは今頃僕のマンションでのんきに昼寝でもしているはずだ。

めずらしい毛色で、まあ、そのせいじゃないとは思うけど、どこか変わった猫だ。
そうか、あれはあの人の猫だったのか。


「その瞳に先生を思い出して、親切心が起きたって訳」


カオルはやっぱりうなずきもしない。
でもこれで、ここ半年間最大の謎も解けた。


多分、カオルだってその時はまさかその子供が先生のお子さんだなんてことは、思いもしなかったハズだ。

でなければ今更引き取るだなんて言わない。


僕たちは、あの人の奥さんさんを探していた。

探偵を雇って……きっと今日、その報告が入ったのだ。



僕は深くうなだれた。
恩人の片割れの、唐突に突きつけられた死。


ああ、だからカオルもこんなに沈んでいるのか。
わかりにくくて、ていうか多分、僕以外には絶対にわかりっこないだろうけど。

確かに、落ち込んでいる。


「……もらうよ」


僕はそう言って、カオルのタバコを一本手に取った。
シュッとライターを付けて、生涯最後になるであろうそれを吸い込む。


「僕たちの部屋が隣同士で良かったよ」


子供を引き取ることに異論はないけど、やっぱり彼一人では不安だ。
だったら最初から僕が引き取れば良いって言われるかもしれないけど。


でも僕は、やっぱりカオルがいいと思う。

先生と一番つながりの深かった、彼だから。


「いざとなれば、その子と僕と君と、三人で暮らすのも悪くないかもね……」






(3)


「ルイさん、朝だよー」


柔らかい、女の子の声に、僕は意識を呼び戻した。

うっすらと目を開け、ぼんやりとした視界に、青い瞳が映る。


「…………ルナちゃん?」
「うん。おはよう」
「……おはよう」


口元がゆるむ。

懐かしい夢を見た――






あとがき
ルイ視点。
本編で出番があまりに少ないが為にその全体像をつかみきれず、ほとんど偽物。
とりあえず君はどこの片思いする女子なんだと言いたい。

ちなみにルナはカオル&ルイに育てられます。
最後のシーンは高校入学式当日の朝。
最終的には三人暮らしになって血みどろの三角関係が……嘘です、すみません。

ルイは至ってノーマルです。








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