暗殺者とお姫様 | ナノ







者 と お





(1)


深淵の夜。
一陣の、隙間風が吹く。
生けた花のこすれる気配すらないほどに、小さなものだけれど。


私は鼻からすんと冷たい空気を吸い込んだ。

独特の、しびれる様な、それ。
風が微かに運んできた。
鉄の、香り。


――ああ、ついに来たのか。


ベッドから身を起こし、私は鏡台の前に立った。
月明かりが私を横から彩る様に射し込む。
それを頼りに髪をとかし、服の乱れを正した。


せめて出来るだけ、綺麗でいたい。
囚人の様な――否、実際私は咎人だ――質素な格好だけれど。

醜態までは、さらしたくはなかった。


カタン、とブラシを置く音が冷たい空気を震わす。
私は決して開くことのない窓から、空を見上げた。

それは星の瞬き一つすらない、闇夜。
吸い込まれそうになるくらいの、圧倒的な黒。

雲もないというのに、おかしなことだ。
月だけがくっきりと、己は闇の中の唯一の存在だと主張している。
太陽みたいに。


急に、肌がざぁっと粟立った。
背筋はわななき、反射的に二の腕をつかむ。

私は唇をかんで、その衝動を押さえつけた。


恐ろしい訳では、ない。
覚悟はしていたから。
もうずっと、彼と会う前から、ずっと。


ただ今日に限って、この月の光が冬の空気よりも突き放す様に、冷たかったから……。


だから。






(2)


彼に初めて会った時も、鼻腔をくすぐったのは鉄の香りだった。

それは隠しきれないほど深く、奥に染み込んでいて。
まとう雰囲気も、どこか殺伐として乾いている。

だから、わかった。


――それは、私と同じ気配だったから。









「はじめまして」


その記憶の始まりは、あどけない、少女の様な笑顔。

花が咲くような、立ち居振舞い。
周りを引き込む話術。


それは父が連れて来た、私の遊び相手。

白銀の髪に、朝の青空みたいな瞳をした男の子。
どこかに春の陽気をまとっていた。


私の初めての友達。
いつか数分違いに生まれた弟を紹介すると微笑んだ。

一文字違いの名前を笑いあったり。
外の話を聞かせてくれたり。

歌を奏でて、本を読んで、笑って。
楽しかった。
彼のいない時間は退屈で退屈で。
それくらい、彼と過ごす日々は輝く様だった。


けれど、そんなキラキラした日々の幕を閉じさせたのは、まぎれもなく私自身――


今でも夢に見る。

その日その瞬間、目の前が急に真っ暗になった。
星も空も消え、代わりに脳裏に浮かんだのは月だったか太陽だったか。


気がつけば、全部終わっていた。


辺り一面は、鉄の香り。
香水をぶちまけたみたいに、強く強く臭い付く。

足下には、一群れの曼陀羅華。
ただ赤く、下からドレスを染めあげる。
その中心には、男の子――。


「――っ!!」


理解した。
私が、やったのだ。

あの、天使の様な微笑みを。
大好きだった、友達を。

私が、やったのだ。



――因果応報。
その日から、彼同様私の身体に染み込んだ香水は消えたことはない。






(3)


――風が、止んだ。


もともとあるかどうかもわからないくらいに、小さな風だったけれど。
私は確信を持って耳をそばだてた。

夜陰にまぎれ、動く気配。
キンと、透き通る様なこの残響は、鞘から剣を抜いた音だろうか。


私は空から目を離し、扉を見つめた。


既に開いている。

誰にも全く気取られずに、侵入者はここまでやって来た。


月明かりが広がり、足元から彼を映していく。
その、鴉の羽が濡れた様な黒髪に……


「……こんばんは」


私は、上手く笑えただろうか?






(4)


彼は私の反応に少し驚いた様だ。
目を開いて、私を見つめる。

けれどそれは一秒とたたずに闇に消えた。


「ルイの、仇だ」低く、どこか甘い声。

わずかに震えている気がしたのは多分、私の願望のせいだろう。


「……うん」


彼が、一歩を踏み出す。
一歩だけ、距離が縮まる。


「お前が……殺ったから」


ニ歩目。
まだ、遠い。


「……うん」


三歩目、四歩目……。
ようやく近づいた。

彼が、私に影を落とすくらい近くで、見下ろす。


「だから……」


端正な顔立ちを見上げ。
私はまた、微笑んでみる。

今回はきっと、上手く出来た。


「……うん」


声も震えていない。
大丈夫だ。
一振りで、死んでみせる。


少し無愛想な、暗殺者さん。
大丈夫。
あなたは絶対、沈ませない。


「……さよなら」


口にしたら、彼の瞳が、揺れた。

いつものポーカーフェイスは、崩れおちて。


頬に、暖かい手のひら。
心臓が、トクリと揺れた。
唇には噛みつく様な、甘い、甘い――


「……お前は、悪くない」
「……うん」


最後に見せた優しさに――
私はもう、それだけで、いい。







言い訳


チキンな私はとりあえず謝ります。
すんませんでしたぁっっ!!!!


蛇足的な捕捉をしますと

カオルとルイは双子の兄弟 (似てなくても)

ルナはお姫様なんだけどおっきい魔力っぽいのを持ってて、コントロールしきれないから閉じ込められてます。

一人きりの娘を哀れに思ったお父さんはルイを友達役として派遣。

しかしある日ルナの魔力っぽいのが暴走してルイは死んでしまいました。

という背景事情がございます。多分。
そっからどうしてこうなったのかは、まあ、個人で妄想してください (何故なら私も深く考えてないからです!) 。

最終的にどうなったのかも、あえて書きません。
ハッピーエンドになるのかバットエンドになるのか。
やっぱり妄想してください (他力本願) 。

ではでは、蛇足を失礼いたしました。








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