きっとそうやって -4-
心臓の音を一度意識すると、それは隣のカオルにも聞こえるんじゃないかと思うほどに大きく、速く響いた。
(う、わぁぁぁ……)
頬が、燃えるように熱い。
おまけに、いきなりキスシーンが目の前で繰り広げられて、一気にいたたまれなくなった。
(私、本当にどうしちゃったんだろう)
そりゃ、前会ったときから何ヶ月も経っていて。
仲間の中では、圧倒的に会う頻度が少ない人だけれど。
でもいつも、カオルと一緒にいた時はどんな感じだったかとか。
それを忘れるほど、馬鹿でもない。
こんなんじゃなかった。
少なくとも、こんな、顔も直視できないくらい――
(普通にしなきゃ……)
自分自身に何度も言い聞かせる。
変に思われたくない。
カオルだけには、絶対。
だから、必死のポーカーフェイスで女優と男優の掛け合いから目をそらそうとはしなかった。
せっかく買ったポップコーンは、まったく手をつけなかった。
笑った顔はレア物です。
「ハワード、本当にしゃべってたね」
映画終了後。
人がどんどん出て行くので、少し落ち着くまで席で待つことにした。
みんなとは、外で落ち合うつもりだ。
だからそれまでの間、他愛もない会話をカオルと交わす。
今は心臓も、そんなにおかしくなるほどドキドキしない。
だからやっぱりあれは映画にあてられただけなのだと一人うなづく。
「すごいよねぇ。夢に向かって一直線って感じ」
「ルナもそうだろ? 開拓技師になるためにわざわざ火星から転校してきたのは誰だよ」
「まあね。でも、なんか最近成績とか、伸び悩んでて……」
思わぬ方向に飛んだ話題に苦笑して、ルナは後ろ髪をかく。
「期末の成績がね、あんまりよくなかったの。先生は、そういうこともあるし、気にするほどの物じゃないっておっしゃってくれたんだけど」
目を伏せて、思い出す。
いつも通り勉強して、受けたテストだった。
けれど復習した覚えはあるのに、公式が、答えが、出てこない。
結果は、惨めな物だった。
「平均点を下回ったのは、初めてだったから。ちょっと自信なくしちゃった……」
思い描いていた将来の道筋が、それだけで暗闇に閉ざされた気がした。
だから、余計にハワードのその三分間が、まぶしくてまぶしくて。
実は少し、目をそらしてしまった。
それに気づいて、また自己嫌悪である。
「……って、やだ!」
ルナはパッと顔を上げた。
自分は一体、何を言っているのだろう。
こんな、弱音なんて吐いて。
チャコにすら、次は頑張ると息巻いていたのに。
いや事実、ずっとそう思っていたのに。
「ごめん、今のは忘れて!」
よりによって、カオルを相手に愚痴ってしまった。
仲間の内の誰よりも遠く、一人でがんばっている彼に。
それが何よりも嫌だった。
(情けないやつだと、思われちゃったかな……)
成績一つで、ここまで沈んだ様子を見せて。
気になって、少しカオルの様子をうかがってみる。
――けれどカオルは、かすかに微笑んでいた。
それも嘲笑とか、そんな類の物ではない。
穏やかで、滅多に見せない、それ。
どうしてこんなに、優しい顔をしているのだろう。
「カオル……?」
「安心した」
意外な言葉に、目を丸くする。
「いいさ。少しくらいつまずいたって、それに焦ったって」
「…………」
「内にためて、誰にも何も言わずに平気とばかりに笑うよりな」
「――、あー……」
それは、自分の悪い癖だった。
何度も指摘されてきた。
けれど治らないのは、多分心の底からそれを悪いことだとは思っていなかったからだと思う。
だって、誰にも迷惑はかけていないから。
むしろ心配させてその人の笑顔が曇ることの方が、嫌だったから。
でも――
「――本当に、そう思う……?」
「ああ」
それはまるで、水槽の中に重石を放つよう。
ストンと、沈んでいく。
あまりに呆気なく。
いいのかな。
情けない姿を見せても。
父がいなくなってからずっと、肩肘を張ったように生きてきたけれど。
「……うん。ありが、とう」
ただ今は、そう告げるだけで精一杯だった。
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