四天宝寺 | ナノ


 野生の勘とはこういうことを言うらしい

俺は多分面倒なことが嫌いや。出来ることならば他人と関わらずに生きていきたいし、もしも関わらなくてはいけないのなら最低限で済ましてしまいたいと思う程度には人との付き合いが得意ではなかった。もともと部活にだって入るつもりはなくて、本当ならば今頃家でPCにかじりついているはずであったのに、5年前のあの日、謎の勧誘攻撃にあい、あっちゅー間にテニス部に入ることになってしまった。そしてその際に出来上がってしまった絆(というとうすら寒いが)、それは恐ろしいことに今も続いている。


「財前、財前、お前にはまだ分からんやろな、あの名前の魅力」

「わかりたないんでええですわ」

「まぁたそんなこというて、財前もたまには女の子見て目肥やさなあかんで」

「ひとりの女の尻をずっと追っかけまわしよる部長に言われたないです」

「俺はええねん、俺は生涯あいつを愛すて決めてるからな…!」

「さいですか」


目の前には、テニスラケットを握り締めさも自分の彼女を自慢するかのように熱弁をふるっている部長。しかもこの会話、初めてではない。もう数えるのも阿呆らしくなるほど、繰り返されているといっても過言ではない。もしもこれがただのクラスメイトならば「阿呆らし」と一蹴して帰ることも出来たのだろうが、如何せん俺はテニス部の人間に甘い。面倒くさいと思いながらも、こうして白石部長の自己満に付き合ってやっているのだから、あー俺ってほんまに優しい。

そもそも、白石部長が出会った頃からこんなだったのか、と言われれば完全に否定はできないが、少なくともここまでではなかった。もともとどっかおかしな人やなとは思っていたが、本気でおかしくなってしまったのは、ここ数週間の話だ。なんでも謙也さんの話によると、たまたま隣の席になった苗字名前という先輩のシャンプーの匂いに恋に落ちたのだという。意味がわからん。そんなん、おんなじシャンプー使うとる女がこの世に何人おると思おてるんや。そう思ったのはきっと俺だけではない。

そうはいっても、白石部長は俗にいうイケメンというやつであるし、テニスも頗るうまい。他のスポーツをやらしても大抵は人並み以上にできてしまうし、将来は薬学部などという目標を掲げているだけあって頭もいい。そんな部長は当たり前だけれど、女にもてる。それはそれは謙也さんが可哀想になるくらいにもてる。同年代はもちろん、俺と同い年の女たちでさえ、日々「白石先輩かっこいい!」「本当たまらん〜!」などと噂しているほどだ。


「…………」


そんな部長があそこまで虜になってしまう苗字名前という先輩は一体どういう人物なのか。いくら面倒くさがりな俺でも、気になってしまうのはしょうがないだろう。白石部長の好みがシャンプーの香りがする子、というのはもちろん知っているが、きっと見た目も中身もそこそこに揃っている人なのだろう。でなければ釣り合いが取れないではないか。ずっと、そう思っていた。




―――そうして、部活がある日は毎日のように苗字先輩の話を聞かされ続けた俺は、ついに苗字先輩本人に遭遇することとなる。


部活が突然のオフとなり、何もすることがなくなった俺が足を向けたのは某CD販売店。先日発売された某ソングロボットのアルバムを確認するためだ。巨大動画サイトを常に開けているようなオタクとまではいかないけれど、俺自身作曲をして時々ネットに配信することもあり、気に入った楽曲は手に入れるようにしていた。そして、もしもそのアルバムがあれば購入してしまおうとやや浮き足立って自動ドアを潜った先。


「…………」


まさに今俺が見たい棚の前にいる、四天宝寺高等部の制服を来た女。しかも無言でただひたすらジッとその棚を眺めているではないか。正直邪魔。そこは俺が今から物色すんねん、はよ退けや。と頭の中で念じてみても、もちろん彼女には届かない。

仕方なく一歩一歩とそちらに近づけば、あと少しといったところで初めて彼女は俺の存在に気づいたのだろう。はっとした様子でこちらを向いた。第一印象は、普通。別段可愛くも不細工でもない。


「………」

「………」


もちろん、俺らの間に生まれる会話があるはずもなく、数秒の後視線を外し、棚に向き直った。そして自分の欲しいアルバムを探し始めた瞬間、隣から聞こえてきた言葉に、俺は度肝を抜くことになる。


「も、もしかして…これを、探してますか?」

「…あ」

「ああ、やっぱり、最後の1枚なんです、どうぞ、」

「え、いや、」

「ああ、ええんです、ええんです。買うかどうするか悩んでただけなんで。今月ちょっと金欠で」


そう言って困ったようにはにかんだ彼女は、やっぱりどこからどう見ても普通だった。けれど、少なくとも俺には多少なりいい人に思えた。でなけれが最後の一枚を譲るなど、そんなこと出来ないだろう。俺なら絶対にしない。それどころか、わざとひけらかしながらレジに持って行ってやりたくなるレベルである。困惑する俺に、彼女は「それじゃあ」と一声かけ、通り過ぎていく。多分この時の俺は、金ちゃんばりに何か野生の勘を働かせていたのだろう。


「もし良かったら、買うた後貸しますよ。あんた、同じ学校なんやろ?」


面倒くさいことが嫌いで、人との関わりは最小限にしたい。そう思っていたはずが、どうしてこんなことになったのか。


「…え、ほんまですか?ほな、今度借りてもええですか?」

「俺から言うたことやし、ええですよ。聴き終わったら持ってくし、名前とクラスだけ聞いてええですか?」

「あ、えっと、わたしは3年2組の苗字名前です」


苗字名前です。彼女の言葉が頭の中で幾度となく繰り返される。まさか、そんなことがあるのか。そんなことを思ったところで、実際に起こっているのだから仕方ない。


「それじゃあ、宜しくね」


そう言って今度こそ去っていく苗字先輩。確かに白石部長をあそこまでおかしくしてしまった人間に興味はあったけれど、こんなにどっぷりと知り合いになるつもりは微塵もなかったというのに、と激しく後悔したけれど、振り向きざまに放たれた「ほんまに、おおきに」という優しい声は不思議と嫌いではなかった。

もちろん、顔は普通やなと思ったことは内緒である。



(14.03.03 虹子)


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