★☆ とあるスピードスターによる見解
最近、俺の友人がおかしい。もともとカブトムシ溺愛したり、「ん〜絶頂!」とか満足そうな顔で言うてみたり、イケメンのくせに笑いのために顔面から建物にダイブしたり、ちょっと変なやつやなとは思っとった。それでも、まさかここまでとは思うてなかった、正直付き合い6年になる俺でも引くレベル。
「ああ、名前今日もなんて可愛いんや」
「白石、さすがに女子の体育ガン見はやめたほうがええと思うで。お前いつか訴えられるぞ」
「あんな可愛い名前が見える範囲におるのに見んとか神への冒涜か」
「真剣に授業せんのは先生への冒涜ちゃうんか」
テニスをしている時は誰より真剣で男の俺から見てもかっこいいと思えるのに、今俺の目の前にいる白石の顔は、でれっでれに緩み切っている。誰が見ても気持ち悪いレベル。唯一イケメンであるという点だけが白石を救っているといってもいい。イケメンでよかったな、お前。
とにもかくにも、今3年2組は体育の授業中。マラソン大会を控えた今は、男女合同でマラソン練習だ。正直持久走はあまり好きではない。俺の得意分野はやはり短距離走である。そんなこんなで適当に走っていたのだが、なにせこんなデレデレな男を放っておくわけにはいかず今に至る。
自分とちょうど半周違いにグラウンドを走っている苗字をみながら、それはそれは楽しそうに走っている白石。
「あのちょっとしんどそうに走ってるんがなんともいえへんわ」
「……は?」
「つらそうに歪む眉毛、汗でくっついた前髪、乱れる息」
「し、白石?」
「なんか、ちょっとえろい気分にならへん?」
「冗談抜きでお前訴えられるぞ」
「はは、冗談いいなや」
「お前に言われたないわ!!」
ああ、体力的には全然余裕のはずやのに、なんでこないにしんどいんや。わけがわからん。それに比べて隣にいる白石は走っても走っても爽やかな笑みを崩さないのだから、この世界はなんかおかしい。
そして、ついに白石の熱視線に気づいてしまったのか、それともついに無視できなくなったのか、半周向こうにおるあいつがこちらを向いた。その瞬間の嫌そうな顔、本気で苗字が可哀想になる。
「あ、名前ー!」
「!!」
「あ、ちょ、なんでそっちむくん?!」
「授業中に呼ぶな!!」
「ほな休み時間一緒におろな!」
「そういう意味ちゃうわあほう!」
見慣れた光景、といえば見慣れた光景ではある。けれど、今はどう頑張ったところで授業中。このままでは俺まで先生に叱られかねない。ああほんまにおまえっちゅーやつは。
「白石!!」
「!謙也、なんや急に、今俺名前と、」
「ええから!ええから、今我慢して苗字のことみるん止めてみ」
「…はあ?なんでや」
「我慢した後に見える、疲れきった苗字…我慢した分えろいと思わんか」
「………謙也、おまえ天才か」
「………」
「せやな、我慢した分、次にみた名前はさらに疲れてるはずや。汗かて流れてるやろうし、息も上がってるはずや、――俺、我慢するわ」
「…さよか、ほな気張りや」
「おう!」
ああ、ほんまにつらい。俺なんでこんな男の下でテニスやってるんやろ。そう思ってしまうのに、なんやかんや楽しそうにしている白石をみるのは嫌いではない。普段必死に食らいつくようにテニスをしているこいつを知っているからか。部長という立場上、常日頃いろいろなものを我慢させてしまっていることは否めない。そして、個性的な俺らを束ねることにもきっとかなりの労力を使っているはずなのだ。そんな白石が、ここまで楽しそうにしているのを、残念ながら俺には止めることが出来そうにない。
「………はっ、」
黙って前を見据えて走る白石は、男の俺からみても、格好いい。このまま口を開かずそのままおれば苗字かてお前のこと好きになるかもしれへんのに。ああ、ほんまにこの男は残念なやつや。
「白石、俺はお前のこと応援してるからな」
「?なんや謙也、突然」
「なんでもないわ。せやけど変態くさい行動はほどほどにせんと終いには口利いてもらえんくなるで」
「は?何言うてんねん」
「…え?」
「俺の行動は全部名前への愛情からやからな、名前は照れてるだけなんやで」
「……………」
「まあそんなところもかわええんやけどな!」
自然と緩んでいく俺の足。浪速のスピードスターの二つ名が泣いてまうような速度。どんどん離れていく白石の姿。ああ、きっとこれが具現化された心の距離てやつなんやな。ほんま残念なやっちゃで、白石。