椎名 | ナノ


▼ 独りじゃwaltzは踊れない

人と人との関係の、なんて簡単なことだろう。「別れてほしい」。たったこれだけの言葉でわたしの積み上げてきた5年間が終わってしまうなんて、本当にバカバカしい。バカバカしくて、涙すら出てこない。それどころか、悲しいのか、悔しいのか、はたまたすっきりしているのかさえも分からない。ただ分かっているのは、付き合い始めにドキドキしながらお揃いでかった、あのシルバーリングはもうつけられないのだという現実。そして、もう彼には電話もメールもしてはいけないのだということだけだった。


「………馬鹿らしい」


ぽつりと呟いて、足を止める。ここがどこなのかも、よく分からない。会社帰りに連れられて出かけた居酒屋で、一方的に告げられた一言。あまりの衝撃にわたしはお代も払わずにその場を飛び出してしまったのだ。

ヒールを履いた足で一体どれだけ歩き回ったというのか。立ち止まった瞬間にどっしりとかかる足への負担。そして、周りを見渡すと見慣れない風景。いつもわたしが出かけている範囲に収まっていないことだけは痛いほどにわかった。そして、ふと目に付くネオン。


「……映画館?」


普段わたしはあまり映画を観る方ではなかった。見たい作品があればDVDになってから家で見るほうがよっぽど格安だし、手間もかからない。好きなタイミングで一時停止出来るし、画面に向かってつっこんだって誰にも怒られない。それなのに、何故かそのときのわたしはまるで電灯に吸い寄せられる羽虫のようにふらふらとその明かりに引き寄せられた。小ぢんまりとした、映画館。どうみたって流行っていない。それでも、わたしの足は自然とチケット売り場へと向かっていた。


「大人一枚ください」

「はい、1800円です」


お財布から1800円ちょうどを支払って、受付のお姉さんから一枚の紙を受け取る。お姉さん曰く、次の上映までは、どうやらあと5分らしかった。重たい足をどうにか動かして、映画館の中に入る。そして数段の階段を上り、重たい扉を開けた。中にいたのはぽつり、ぽつりと数人の人間だけ。この映画館は指定席でないらしく、今すでに着席している人たちのことを考慮して、なるべくバランスよく空いた席に腰を下ろした。さらにずっしりと重みを訴える足。ああ、帰りにどこかで湿布を買って帰ろう。そんなことを思った矢先、ブーっという映画独特のあのブザー音がなり、照明がゆっくりと下ろされ始める。


――始まったのは、恋愛映画だった。

それもありがちな少女漫画のような展開。恋に疲れた女の子が、王子様のような男の子にであって、もう一度恋をするなんていう王道の中の王道な話。正直話は全然ひねられていないし、さきの展開も読めまくりで、映画にするほどの価値があったのかはわからないような作品だった。きっと普段のわたしならば鼻で笑い飛ばしてしまっていただろう。それでも、今日のわたしの心はどうやら自分でもわからないくらい、相当参っていたらしい。


「…っ、…う」


エンドロールが流れ、ほかのお客さんが席を立つ中、わたしはその場から動けずにいた。ぼろぼろと今まで流したこともないような大粒の涙を、止めることが出来なかったからだ。ハンカチやティッシュを総動員しても、全く止まる見込みがない。それどころか嗚咽まで漏れ始める始末。頭に浮かぶのは、5年間付き合った彼から告げられた最後の言葉。


『俺、お前よりも、大切な奴が出来たんだ。身勝手でごめん、別れてほしい』


嫌だ、と、あんたのことが好きだと、ずっと一緒にいたいと、彼にすがりつけばよかったのだろうか。例え惨めな姿を彼に晒すことになっても、離れたくないと必死にアピールすればよかったのだろうか。


「な、んで…、す、き、なのに…ぃ、ぅあ、ああ」


ずっとずっと彼のことが好きだった。好きだったからこそ、彼には見せられないわたしがたくさんいた。泣き虫なわたし、寂しがりなわたし、惨めなわたし。彼はそれが嫌だったのだという。


『俺の前でいるお前は、なんだか俺の好きなお前じゃなくなったみたいで、もう見ていたくない。ごめんな、無理させてごめん』


新しい好きな人が出来た、それだけで良かった。別れの理由は、それだけの方がよかった。そんな風にわたしのせいだと、別れるのはわたしのためだと、そんなこと、言って欲しくなかった。




―――そうして、一体どれほどそうしていたのだろう。気がつけば周りは明るさを取り戻し、たくさんの電灯の下、見える人影は自分のものくらいだった。

ずずっと洟をすすって、嗚咽を飲みこむ。ボロボロとこぼれ落ちる涙はそのままに、手探りでカバンの中から携帯を探しだした。画面に映し出されている新着メール1件の文字。開かなくても分かる。内容は彼からの謝罪と、そして突然飛び出したわたしへの心配。例え本当はただの浮気であったのだとしても、わたしには最後まで優しい彼を嫌いになることなどできそうになかった。

視界の悪い状態で、どうにかこうにか返信画面を立ち上げる。そして、突然飛び出したことへの謝罪と、そして今までの感謝の言葉を打ち込んで、送信ボタンを押した。先ほどの映画は、とてもではないが褒められた映画ではなかった。それでも、今のわたしにとってはどんな教科書よりも勉強になったことがある。

元には戻れないのだ。それならば、きっちりと終わらなければいけない。


「ねえ、どうしてそんなに泣いてるの?」


始まりは必ず、終わりのあとにやってくるから。



(14.07.17 虹子)

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