隠されたトゥルーはどこに
それからというもの、ST☆RISHの皆さんは今まで以上にレッスンに励むようになった。ただ一つ救いであったのは、春歌ちゃんもST☆RISHの皆さんも、楽しんでレッスンを続けられていたことだ。以前はどこか窮屈そうで、楽しむことを忘れているように見えた彼ら。その時の経験がきっと幸を奏したのだろう。あの時のわたしは何もできず、どれほど歯がゆい思いをしたことか。
「苗字、おはよう!」
「あ、おはようございます、一十木くん」
「どうしたの?暗い顔してるよ」
休憩中だったのだろう一十木くんが、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。彼は人の感情に疎いようで敏い。わたしの感情の機微などすぐに読み取られてしまう。
「!そ、そんなことは、」
隠さなければ、彼らの邪魔にはなりたくない。必死に笑顔を作ってかぶりを振るわたしに、一十木くんがふわりと微笑む。その笑顔に、まるで身体の力が全て抜け落ちるような感覚がした。
「大丈夫だよ」
「…え」
「俺たちは七海も苗字も渡したりしない、俺たちみんなでST☆RISHなんだから!」
「っ、」
一十木くんの言葉が、心に積もった重い何かをゆっくりと溶かしていく。わたしも皆さんの仲間でいていいのだ、と心の底からそう思えた。
――それから、もう少しお話しようよ、なんていう一十木くんの言葉に甘え、わたしは彼と肩を並べて談話室のソファに座っていた。
「それにしても、HE★VENSもしつこいというかなんというか」
「…せっかく、仲良くなれたと思ったのですが…」
「仲がいいかどうかは良くわからないけど、俺は面白いなーって思うよ!」
「…一十木くんは懐が大きいですね」
「え?!そうかなー」
本来ならネガティブな感情を持ったとしてもおかしくないレベルだと思うけれど、それを一十木くんは面白いという。しかも嘘偽りない、感情で。思わず不思議そうな顔をしてしまったわたしを、まるで諭すように一十木くんは続けた。
「俺、勝負って、本当に認めた相手とじゃないと出来ないと思うんだ」
「………」
「圧倒的に負けてる相手に勝負を挑むような奴は普通いないし、逆に圧倒的に勝ってると思う相手に勝負を挑むこともないでしょ?」
「…はい」
「そう思ったら、ちょっと嬉しくならない?あー、俺たち認められてるんだって」
「………」
「あ、もちろんきみと七海を商品扱いするのはやり過ぎだと思うけどね!」
「そうかも、しれませんね」
「だろ?もちろん、俺たちも全力で戦うつもりだから心配はいらないよ!」
そう言って一十木くんが悪戯っぽく笑う。その笑顔に、救われた気がしたのはきっと気のせいじゃない。わたしの身勝手だけれど、まるで裏切られたかのような気分がしていた。しかし彼の言う通り、認められている、そう思えばこの事態もそれほど嫌なことには思えなかった。
ただ一つひっかかるのは、
(認められている…それは、春歌ちゃんだけでなく、わたしも、そういうことなんだろうか)
練習に戻っていく一十木くんを見送り、一人になった談話室でぼんやりと考える。
あの、紙に書かれていた内容。ST☆RISHの皆さんが負ければわたしと春歌ちゃんの事務所移籍。もちろん春歌ちゃんは以前から欲されているから、名前が出るのも頷けるけれど、どうしてわたしまで。
「…ナギくん、教えてくださいよ」
ぽつりと呟いたわたしの言葉は、誰もいなくなった談話室に吸収されたかのように、音もなく消えて行った。