ナギ | ナノ


雪の日のカウントダウン


「瑛一、ちょっとききたいんだけど」
「なんだ、改まってどうかしたのか?」
「まだ、あの七海春歌とかいうお姉さん、欲しいと思ってる?」
「どうしたんだ、突然」
「いいから答えてよ」
「…まあ、惜しい人材だとは思うがな」
「ねえ、瑛一」
「だから、なんだと」
「――僕も欲しいものがあるんだ、もう一度、勝負しよう」






【HE★VENSが勝負を挑んできた】


そんな話がわたしの耳に入ってきたのは、世の中がめっきり寒くなったある日のこと。


「は、春歌ちゃん…、みんな!」
「あ、名前ちゃん…」
「HE★VENSが、勝負って、どういう、ことで、」
「落ち着いてください、苗字さん」
「す、すみません、」


春歌ちゃんとST☆RISHの皆さんが集まっていた寮の談話室に慌てて飛び込めば、いつもの笑顔はどこにもない。皆さんまるであの日の、HE★VENSのステージを初めてみたときのように、ピリピリした雰囲気だ。深く内容を知らないわたしまでもが、びくりとしてしまう。

ゆっくりと息を抑えていれば、部屋の中、唯一といっていいほどいつもと同じく落ち着いているようにみえる一ノ瀬さんが、ゆっくりとわたしへと一枚の紙を差し出す。よくわからないままにその紙を受け取って目を通せば、そこに書かれていたのは衝撃の内容であった。


「…“次回の音楽番組での共演時、生放送ファン投票でよりポイントを得た方が勝ち。HE★VENSが負ければお前たちの条件を何か一つ呑んでやる。だがもしもお前たちが負けた時は、七海春歌と、苗字名前を、引き渡せ”…?」
「まさかこんか一方的な内容を早乙女さんが受け入れるとはな」
「ボスは面白いことが大好きだからね」
「面白いとかそうじゃないとかいうレベルを超えてるだろ!七海も苗字も物じゃないんだぞ!」
「そうです!ワタシ、許せません!」
「しょ、翔ちゃん、セシルくんも落ち着いて!」
「そうだよ、ここで怒ってもしょうがないよ!」

「………」


ST☆RISHの皆さんがわたしと春歌ちゃんのことで色々と議論してくださっているのに、わたしはどこかその内容を非現実的な気分で聞くことしか出来なかった。何度目を通しても変わらない内容。勝負をして、ST☆RISHの皆さんが負けた場合、わたしと春歌ちゃんをレイジング事務所に連れて行く。文字で書けば酷く簡単なそれは、わたしの心に重い重い何かを残したのである。






(仲良くなれたんだと、思ってた…)


真っ直ぐ家に帰る気になれず、冬の街を当てもなく歩く。


(ST☆RISHの皆さんと、HE★VENSの皆さん…分かり合えたと思ってたのに、どうしてこんな、このままじゃまた、)


春歌ちゃんを巡って起きたST☆RISHとHE★VENSの確執。あの時のピリピリ感を、わたしは嫌でも覚えている。どちらも素敵なアイドルなのだから仲良くしてほしい、彼らが一つになればどれほど素敵だろうか、もしも叶うならば、わたしは彼らの曲を作ってみたい。ずっとそう思っていた。そして、あの対決の日、何か繋がったものを感じたのに、それは勘違いだったのだろうか。


(…ナギくんとも、仲良くなれた気がしてたのに、)


ふと足を止めれば、CD屋さんの壁に並んで貼られているST☆RISHとHE★VENSのポスター。その誰もが素敵な笑顔で笑っている。ポスターを見ているだけで幸せな気分になって、胸に溢れてくるメロディ。それが今は無性に悲しい。


(寒い…)


マフラーに顔をうずめて、ゆっくりと息を吐く。雪はまだ、降り出しそうになかった。


(14.01.09 虹子)



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