ナギ | ナノ


待ち合わせのアフタヌーン


ある平日の午後。わたしは例のワンピースを身に付け、街の中にいた。普段はあまりしないメイクも自己流で頑張って、髪の毛も少しふわりとさせてみた。どうしてこんなことをしているかといえば、その答えは1つ。


(ああ、緊張する…ナギくんとこうして外で会うことになるなんて、夢にも思わなかった)


そう今日は、まさかのあのナギくんとお出かけすることになっているからである。


事の発端は先日の電話。そして、そのあとのメールだった。ワンピースのお礼に何かプレゼントしていいですか、聞いたわたしに、返ってきたナギくんの返事。


【それじゃあ今度の水曜日、13時に駅前で】


なんていう有無を言わせない文章が返ってきたのは記憶に新しい。わたしの仕事はどちらかといえば内職に近く、自分で時間をやりくり出来ることが多いけれど、ナギくんのお仕事はとても忙しい。まあ、要はそういうことなのだろう。ちょうどわたしもその日は何も用事がなかったこともあって、二つ返事でOKしたのである。

そうはいっても、相手は今をときめくトップアイドル。バレないように変装はしてきてくれるだろうけれど、それでも見窄らしい格好で出会うわけにはいかない。そういうわけで、朝早くからシャワーを浴び、ワンピースを着て、必死に自分を飾り付けたのである。


(…本当に来てくださるんだろうか、)


時刻はすでに12時55分を回っている。ナギくんが約束を破るような人ではないと思ってはいるけれど、やはり芸能人である彼と待ち合わせしているというこの状況がどこかわたしを不安にさせる。きっと今目の前を通り過ぎていったお姉さんもお兄さんも、その誰もが今からここに帝ナギくんが来るなんて夢にも思っていないに違いない。ドキドキと早まる心臓を体全体で感じながら、ぎゅう、と彼へのプレゼントを抱きしめた。


「!!」


その瞬間、突然真っ暗になる目の前。思わず悲鳴をあげそうになったわたしの耳元で、小さく囁かれた聞き覚えのある声。


「大声出さないでよ!」


ま、まさか、そんな風に思うよりも早く視界を遮られていたものがなくなり、そして、その代わりに握られた手首を強い力で引っ張られる。


「わっ!」
「ちょっと、もうちょっと色気のある声出せないわけ?」
「そ、そんなこと、い、言われても…!」
「いいから、早く、こっち!」


そして、突然現れた彼に引っ張られるがままに路地を走り抜け、気がつけば一通りの少ない小さい小道に立っているわたしと――、


「名前、体力なさすぎなんじゃないの?」


なんて楽しそうに笑っているナギくん。ぜえぜえと息を整えているわたしとは正反対に、涼しい顔をしているナギくんは、さすがアイドルとでも言えばいいのだろうか。


「あ、あの、はあ、突然、どうし、」
「突然も何も、時間でしょ?」
「だ、だからって、急に、はしっ、」
「だってー、あんな人がいっぱいいるところで僕が現れたら大事になるでしょ〜?」
「…あ」


そこで、初めて気づくこと。目の前のナギくんは、どこからどう見ても、ナギくんであること。つまり、変装らしい変装を何もしていないのである。


「変装、してないんですか、」
「変装?まあ、本当はしなくちゃいけないんだろうけど、名前のことだし、僕のことが分からなかったらかわいそうだなって思って」
「い、いくらわたしでも、変装したナギくんを見つけることくらいできます!」
「僕は絶対に分からない自信があるけどね」
「見つけられますよ!ナギくんのこと、分からないはずがありません!」
「っ!う、うるさい!」
「ええ!」


ぷいっ!なんていう効果音がつきそうな勢いで、向こうを向いてしまうナギくん。最初はわたしが何かいけないことを言ってしまったのかと思ったけれど、ナギくんの耳が微かに赤いことに気づく。慌てて駆け寄り声をかけた。


「な、ナギくん?どうかしましたか?お耳が、赤いような、」
「!!見ないでよ!馬鹿!」
「そ、そう言われましても…!」
「いいからちょっと向こう向いてて!」
「は、はいっ!」


ナギくんの慌てたような声に、わたしも慌てて言われた通りにナギくんと背中合わせになるように視線をナギくんから剥がしてみる。そこはあまり見たことのない通りで、一通りもほとんどないような小道。時折小さい商店のようなものがあるだけで、この都会にもこういう道があるんだ、と少し不思議に思った。



「もういいよ」


それから数分、ぼーっと道やら空やらを眺めていたわたしの肩がふいにつつかれた。ゆっくりと振り向けば、そこにいたのはいつもの勝気そうな笑みを浮かべているナギくん。その笑顔に、少し安心する。そして、ふと思い出すこと。そう言えば、わたしはこれを渡すために来たのではなかったのか。腕の中に収まっているラッピングされた包み。せっかく思い出したのだから、早めに渡してしまおう、そう決めてわたしは口を開いた。


「あ、あの、ナギくん」
「え、なに?」
「これ、」
「?」
「このワンピースの、お礼です」


そう言ってそれを差し出せば、ぽかんとした顔をしているナギくん。もともとメールでもお礼がしたいと言ったのだから何もおかしなことはないはずなのだけれど。


「え、僕に?」
「はい、メールでも申し上げたと、思うのですが」
「………」
「お、お気に召しませんか?」
「もらって、いいの?」
「ナギくんのために買ったので、むしろもらっていただかないと困ります」
「っ、じゃあ、もらってあげてもいいよ!」


なんて言いながら、わたしの包みを受け取ってくれるナギくん。開けてもいいのか、と問う彼に肯けば、しゅるしゅると解かれるリボン。そして、中から出てきたのはふわりとしたマフラーだった。


「マフラー?」
「TVでお見かけするときよくストールやマフラーをされているので、お好きなのかと思いまして」
「ま、まあ名前にしては、いいセンスなんじゃない」
「気に入っていただけて良かったです」
「…ありがとう」


ほとんど聞こえないくらいの声で、小さく紡がれる言葉。ずっとナギくんは勝気で、強い男の子なんだと思っていたけれど、どうやらそれは違うらしい。


「ナギくん」
「え、な、なに?」
「顔、真っ赤です」
「!!うるさい!名前の馬鹿!」
「ええっ!」


勝気で、強気で、でもほんの少し照れやな可愛い男の子。そんなことを言ったら、きっとナギくんは怒ってしまうだろうから、そっと胸にしまうことにした。


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