ナギ | ナノ


緊張のコールナンバー


「………」


スマートフォンを手に、ベッドの上で固まること早数分。ぴぴっと指を動かせば済むはずなのに、そのぴぴっがなかなか出来ないのだから困った。

表示されているメール画面の宛先は、“ナギくん”の文字。内容は、いただいたワンピースのお礼。別段内容も動機もおかしくないメールである。それでも、やはりあのトップアイドルにメールをするだなんて、という考えがどうしても邪魔をしてしまう。

出会ったあの日、連絡しろと言われた時はそんなに緊張することなくメールすることが出来たというのに、どうして今はこんなに緊張しているのか分からない。ただ送信ボタンを押すだけでいいというのに。


「………ううう、」


いくら一方的だったとはいえ、ワンピースをいただいたのは事実。さすがにお礼の一つも言わないなんてそんなことは出来ない。勇気を出すのよ、名前…!と自分を鼓舞すること早数十回。そろそろ自分のこの弱気が嫌になってきた。

ちらり、と左を見れば、ハンガーにかかっているあのワンピース。本当に可愛くて、綺麗でセンスがいい。さすがナギくんと言わざるを得ない。

そもそも、何故プレゼントしてくれたのかが分からない。いや、だからそれも一緒にメールで聞いてしまえばいいだけの話なのに。そのメールができなくてどうする。


「すー…はあー…」


大きく、深呼吸をする。そして、今度こそ!と送信ボタンを押そうとした瞬間、手の中で震える携帯。慌てて落としそうになったそれを固定し、通話ボタンを押す。あまりに慌てて誰からかを見なかったこの時のわたし、本当に馬鹿。


「は、はい、苗字です」
『はい、苗字です、じゃないよ、この馬鹿!』
「?!」
『ちょっと、僕にいうことがあるんじゃないの?』
「ま、まさか、」
『まさかも何もないでしょ!』
「な、ナギくん、ですか」
『はあ?こんな可愛い声、僕しかいないに決まってるじゃん!』
「そ、そうでした」


突然の電話の相手は、まさかのメールを渋っていたあのナギくんで。思わず正座してしまったのはしかたない。ナギくんはどうやら怒っているようで、少し口調が荒々しい。いや、それもそうか。わたしが失礼しているのだから、怒るのも当たり前である。


「あ、あの!」
『え、なに?』
「この間は、ワンピース、ありがとうございました!」
『……別に』
「お礼を、送らなければ、と思っていたのですが、その、どうしても緊張してしまって、なかなかメールできず、」
『どうして、緊張する必要があるの』
「いえ、その、わたしはただの作曲家、ですので、その、」
『僕みたいなキュートなアイドルに連絡するのに気が引けたって?』
「そ、そうとも言えます…」


あのビルに貼られていた大きなポスターをみた瞬間に、ああ、世界が違うと思ったのは事実だ。こんなわたしが連絡をとってもいいんだろうか、と躊躇してしまったことも、事実。笑われるだろうか、と思いつつ自分のことを認めれば、次の瞬間わたしの耳に届いたのは呆れでも笑いでもなく、怒ったナギくんの言葉だった。


『ばっかみたい!』
「!え、あの、」
『あんなに遠慮なく僕たちの楽屋に飛び込んできたくせに、今更緊張とかふざけてんの?』
「いや、そ、それは、間違いまして、」
『知ってるよ馬鹿!』
「え、えーっと、」
『僕が連絡しろっていってるんだから、僕がやめろっていうまで連絡してくればいいでしょ?!』
「!」


その瞬間、さっきまでわたしを取り巻いていた緊張が嘘みたいに解けていくのが分かる。震えそうになっていた手も、気がつけばしっかりと携帯を握っていて、唇も震えそうにはなっていなかった。


「連絡、してもいいんですか?」
『だから、さっきからそう言ってるでしょ!本当名前って頭すっからかんじゃんじゃないの!』
「そ、それはどうでしょうか、」
『とにかく!分かったらメールの一つでもしてきてよね!』
「は、はい!」
『じゃあ僕は忙しいから、』
「あ、ナギくん!」
『え、なに』
「あ、ありがとうございました」
『っ、ふん!じゃあね!』


乱暴にそういって切れるナギくんとの通話。画面を指で弾けば、通話履歴にしっかりと残っているナギくんという文字。なんとなくそれが嬉しくて、口元が緩む。


「じゃあ、お言葉に甘えて、メール、しておこうかな」


先ほどのメールは全て消して、もう一度1から打ち直す。ワンピースのお礼と、連絡をし損ねたお詫び、それから。


「今度、何かプレゼントしてもいいですか、と、送信」


“送信しました”という文字をみて、ふう、と息を吐き出す。ひょんなことから始まったわたしとナギくんの不思議な関係だけれど、どうやらなかなか良好なようです。


(13.12.21 虹子)



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