ナギ | ナノ


風のように去りぬ


「春歌ちゃん、お待たせしました!」
「いえ、待ってませんよ」
「今日は宜しくお願いします!」
「こちらこそ、宜しくお願いします」


目の前でふわふわと花の様な笑顔で笑う春歌ちゃんに、心の中があったかくなるのが分かる。ああ、きっとこういう女の子を世間ではお姫様というんだろう。女のわたしからしても春歌ちゃんは抱きしめたくなるくらい可愛い存在で。そりゃもう、ST☆RISHの皆さんも離したくないですよね!みたいな。

そして、まさかの今日はそんな春歌ちゃんと2人でお出かけ、だなんてもう夢のよう。ST☆RISHに曲を提供する作曲家同士、日頃から仲良くさせてもらっているのだけれど、まさかこんな風にお出かけまでしてもらえるなんて。昨日の夜はなかなか眠れなかったなんて口が裂けても言えない。


「それで、どこから行きますか?」
「あ、えっと、服を見に行きたいんですが、いいですか?」
「勿論です!名前ちゃんに似合う服、わたしが見つけてもいいですか?」
「ぜ、ぜひお願いします!」
「ふふ、行きましょうか」
「はいっ!」


柔らかく微笑む春歌ちゃんとともに、街を歩く。わたしたちはシャイニング事務所に所属している身ではあるけれど、裏方というだけで外出が自由であることは本当に助かる。こういった風に友達同士でお出かけはもちろん、ST☆RISHの皆さんや他のアイドルさんが必要なものがあればすぐにでも買いに行けるからだ。コンビニにいくだけで物凄く変装している皆さんを見てると本当にもう涙ぐましい、もちろん人気だということはいいことではあるけれど。


「名前ちゃん、このお店はどうですか?」
「あ、可愛い!ちょっと見てもいいですか?」
「ええ、入りましょう」
「うわー、可愛い!」


春歌ちゃんとともに入った女の子ものを多く置いているショップ。久々に洋服屋さんに来たせいか、いつもより可愛く見える。あれもこれも欲しくなるけれど、お財布と相談しつついいやつを選ばなければ、と真剣に選ぶことにした。春歌ちゃんもあーでもない、こーでもないとわたしに似合う服を選んでくれていて、本当に今日はいい日だなあ、なんて嬉しくなる。


「名前ちゃん、これはどうですか?」
「うわあ!可愛い!あ、でも、わたしに似合うかなあ」
「名前ちゃんなら絶対似合いますよ、試着されてはいかがですか?」
「春歌ちゃんが、そう言ってくれる、なら」


―――試着してこようかな、そう言おうとした瞬間。


「えー、名前には絶対こっちのほうが似合うよー」

「…え?」


あたかもずっと一緒にいたかのようなテンションでかけられる言葉。一体何事だと声の方を振り返れば、目深に帽子を被ってはいるけれど、どう見てもセンスのいい格好をしている、(多分)男の子。そんな彼は手に持っていたワンピースをぐいっとわたしにつきつけてくる。


「え、えっと、」
「えっと、じゃないよ。さっさと受け取りなよ、のろま」
「なっ!」
「この可愛い僕が似合うって言ってるんだから、似合わないわけがないでしょ?そんなこともわからないの」
「!」


その瞬間、一気に冴え渡る頭。この声、この口調、この自信。まさか、こんなところにいるわけない、とは思いつつも、もう答えはすぐそこにあるではないか。ギギギ、と音がしそうなほどゆっくりと春歌ちゃんに視線を向ければ、春歌ちゃんもきっと気づいたのだろう、丸い目をさらにまん丸にしている。


「あなた、まさか、」
「ST☆RISHのお姉さん、こんにちは」
「ちょ、こんなところで!」
「僕より名前の方がうるさいと思うけどー」
「!!」


あ、遊ばれている。完全に遊ばれている。間違いない、もう間違えようがない。目の前にいるのは、どう考えても数日前にひょんなことから知り合ってしまった帝ナギくん、だ。


「ほら、いいから着替えてきて」
「え、あ、ちょ、」
「いってらっしゃーい」
「う、わあ!」


半ば無理やり放り込まれた試着室。慌てて出ようとすれば、外から「試着もせずに試着室から出てくるとか馬鹿みたいなことはしないでよね!」と釘をさされてしまったからには着ないわけにはいかないのだろう。着てきた服を脱ぎ、ナギくんに渡されたワンピースに、袖を通す。可愛すぎず、大人すぎず、悔しいけれどとても気に入るデザインだった。

恥ずかしいけれどこのまま試着室を占領するわけにも行かず、ゆっくりとドアを開けばそこにいたのは不安そうな顔をしてこっちを見ている春歌ちゃん。先ほどまでいたはずのナギくんの姿は見えない。


「わあ、名前ちゃん、凄く可愛いです!」
「あ、ありがとうございます、あ、あの、ナギくんは」
「それが、仕事があるから、と名前ちゃんを試着室に送ったあとにすぐいなくなってしまって」
「えっ…」
「“その服はプレゼントするから、大事にしなよね”、と伝言をあずかってしまいました…」
「え、えええ!」


プレゼント、といってもこの服、中学生のお小遣いで買うには値がはる、というところまで考えて、思い直す。そうだ、彼はアイドルなのだ。しかも、トップアイドル。きっとわたしの予想もしないほどのお小遣いをお持ちなのだろう。それでも、服をいただくなんてそんな仲ではないはずなのに。


「ありがとうございました〜」


という店員さんの声に見送られながら、先ほどのワンピースが入った袋を持ち帰っている限り、わたしはこの服をプレゼントされてしまったのだろう。





「それにしても、驚きました…いつの間に帝さんと仲良くなられたんですか?」


帰り道、当たり前だけれど春歌ちゃんにそう問われ、以前の楽屋事件の話をすれば、「ああ、あの時の」と納得してもらった。それにしたって、本当どうしてここにいたんだろう。どうしてプレゼントしてくれたんだろう、たくさんの疑問が頭をぐるぐると回ってしかたない。


「あ、名前ちゃん、あれ」
「え」


そんな最中、春歌ちゃんにくいくいと腕を引っ張られる。慌ててそちらに目を向けて絶句。


「レイジング・エンターテイメントって、ここにあったんですね」
「………」
「本当にお仕事に向かわれる途中だったんでしょうか…」
「さ、さあ…」


目の前の大きなビルの側面、でかでかと貼られたHE★VENSのポスター。その中で花も驚いて逃げ出すほどの眩しい笑顔を振りまいているのは間違いなくあのナギくんで。


ああ、わたし、とんでもない人と知り合ってしまったみたいです。



(13.12.17 虹子)



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