ナギ | ナノ


君と僕のリュニヴェール


「何やってるのー?」


ふいにかけられた声に動かしていた手を止めて振り向けば、いつのま帰ってきたのか。今わたしの手元にあるアルバムよりもぐんと大人びた彼と目があった。


「お帰りなさい、ナギくん」
「ただいま、んっ」


後ろからぎゅっと抱きしめられて、そのまま無理矢理に口づけられる。一体こんなことどこで学んでくるんだろうか。そう思わずにいられないけれど、なんせ周りにいるのが鳳さんと皇さん、そしてST☆RISHの皆さんなのだから、女の子を喜ばす術を心得ているのも仕方ないのかもしれないな、なんて納得してしまう。
ぎゅううう、と強くわたしを抱きしめる腕は、いつの間にか立派な男の人になってしまって。気がつけばわたしの体はすっぽりと彼の体に隠れてしまうようになっていた。


「うっわ、また懐かしいもんみてるねー」
「この頃のナギくん、小さくて可愛いですよね」
「ふんっ、僕は今でも十分可愛いけどね」
「さすが宇宙レベルのアイドル」
「なんか名前僕のこと馬鹿にしてない?」
「ええ!してない、してないですよ!」


わたわたと慌てるわたしの首元に唇を寄せて、冗談だよ、とくつくつ笑うナギくん。その表情はもはや可愛いものではなく、とても格好いい。5年という月日はこうも人を変えてしまうのか、そう思わずにいられない。こんなに格好いい人がわたしの彼氏だなんて、本当にわたしは幸せ者だというかなんというか。


「あ、このワンピース」


なんて色々と考えていた矢先、ナギくんがわたしの肩口から顔を出したまま、アルバムに貼ってある一枚の写真を指さした。そこに写っていたのは、気恥ずかしそうにうつむき加減のわたしと、それはそれは素敵な笑顔でピースしているナギくん。確か付き合うことにしたあの日、記念だから!と何故かわたしたち以上に盛り上がっていた鳳さんに撮られたものだ。わたしは倒れ込んだあとで化粧も服もぐちゃぐちゃだからと遠慮しようとしたのに、ナギくんにうまく丸め込まれたのである。


「懐かしいな、僕が初めて名前にプレゼントしたやつだよね」
「そうですよ、今でも大事に持ってるんですから」
「え、そうなの?」
「そうですよ!わたしの宝物ですから。そう簡単に手放したりしませんよ」
「……名前、それはずるくない?」
「えっ―――わ!!」


ばたん!と気がつけばフローリングの床に仰向けで倒れているわたし。そして、上にいるのは笑顔のナギくん。おかしい、どうしてこういうことになっているのか。真っ赤になりそうな顔を必死に誤魔化すように横に向ければ、ナギくんが楽しそうに笑う。


「名前って本当いつまで経ってもウブだよねえ〜、いつになったら慣れるの?」
「慣れ、ません!」
「僕と付き合うのも、苦労してそうだねえ」
「す、好きだから、苦労してもいいです」
「そういうところが可愛いんだって、自覚すればいいのに」


ナギくんのキスが、顔の色々なところに降ってくる。ちゅっちゅ、と可愛い音が耳にたくさん聞こえて、体中の血が沸騰してしまうんではないかと言わんばかりだ。そんなわたしの仕草も全て彼の計算通りなのだろうか。頭のいい彼のことだ、わたしのことなどきっと全て読めてしまっているんだろう。


「んっ、はあ」
「っ、な、ナギくん、恥ずかしいです」
「いいじゃん、僕たち結婚するんだし」
「!」
「そしたら、今度こそ、本当に名前は僕のものでしょ」


真剣な瞳をしたナギくんと目が合って、小さく頷く。ナギくんからのプロポーズを受けたのは、ちょうど一週間前だ。お付き合いをしだして、5年の節目の日。18歳になるから、と婚姻届と指輪をプレゼントされた。もちろんナギくんはアイドルだから、そんな簡単に結婚はできない。だから、形だけ。婚姻届に必要事項を全て書いて、2つ並んだ指輪といっしょにそっと鍵のかかる引き出しにしまってある。


「あー、早く社長のOKでないかなー!」
「次のコンサートが全て成功したら、でしたっけ?」
「そうだよ、本当あのおっさん頑固なんだから」
「まあまあ、結婚を許してくれただけでもよしとしましょうよ」
「……それもそっか」


なにも、ここまで来るのが全て順調だったわけではない。結婚、ということにいなればそれぞれの立場がものをいうわけで。わたしの上司であるシャイニング早乙女さんは、「愛は何より大切デース!結婚してもびしびし働いてくれるなら問題ナッシングなのよー!」なんてあっさりOKしてくれたのだけれど、ナギくん側の事務所の社長さんである鳳さんはそれはそれは大激怒。息子である鳳さんと皇さん。そして、ST☆RISHの皆さん、春歌ちゃん、そしてシャイニング早乙女さん、たくさんの人の説得の末、しぶしぶ折れてくれたのだ。次のコンサートの成功を条件に。

――そうして、ナギくんは今まで以上にコンサートの準備に取り組んでいるわけで。


「あー、こうやって名前に触るの久しぶりで、安心する」
「そうですか?」
「ここ数日寝る暇さえほとんどなくてさー!いくら僕でもくったくた!」
「お疲れ様です」
「だからほら、僕のこと、存分に癒してよ」
「!」


可愛い顔から一変、一気に色気を醸し出すナギくんに、心臓が飛び跳ねる。本当に、心臓に悪い。それでも、どの雰囲気でも、好きだと思ってしまうのだからわたしも相当彼に溺れている。


「ナギくん」
「ん?」
「大好きです」
「!……、僕も、大好きだよ」


ちゅっと、唇にキスを一つ。にっこりと頬を染めて微笑むナギくんに、心の底から愛しいという気持ちが溢れ出す。どうしたら、伝わるだろう。あなたのことが、愛しくて、しょうがないの。


「結婚したら、少し休みをもらえそうだから、どこか行こうね」
「本当?嬉しいです」
「僕、名前としてみたいことがいっぱいあるんだ」
「わたしも、ナギくんといろんなことがしてみたいです」
「一緒だね」
「一緒ですね」


そうして、重なる手のひらから、幸せが増す。きっとこの先、どんどん増えていくのだろう。


「僕の可愛い、お嫁さん、大好きだよ」


際限なく増え続けていく幸せを、決して取りこぼすことのないように。ずっとずっとわたしはこの愛しい人の手を離さないでいよう。彼の口づけを受け入れながらそっと胸に浮かぶメロディに瞳を閉じる。瞼の裏、広がる宇宙のような光景。彼と紡ぐ物語が、どうか幸せに満ち溢れていますように。きらりと光った流れ星に、そっとそう願った。




2014年6月10日 虹子
ご愛読、ありがとうございました。



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