ナギ | ナノ


あなたの奏でるカンツォーネ


ナギくんの言葉が、頭の中をぐるぐると廻る。


「…………」
「うっわー、その顔ちょー不細工だよ!」
「えっと、あの、ナギくん、」
「何、なにかあるなら早く言ってよ」
「えっと、その、さっきのは、どういう意味で、」
「はあ?どういうもなにも、名前は彼女の意味も知らないの?」
「い、いえ、存じておりますよ。彼女、彼氏、付き合う、という単語は理解してますとも」
「それじゃあ何が不満なのさ」
「だって、わたしを彼女ってことは、ナギくんが彼氏っていうことで、」
「…そうだよ。う、宇宙レベルでキュートなアイドル帝ナギとお付き合いが出来るんだから、有難く思いなよね!」
「あっ」


先ほどのナギくんの発言の意図がいまだにうまく掴めずぽかんとしているわたしを他所に、突然ばっと立ち上がってわたしに背を向けてしまうナギくん。そしてそのまま窓に近づき、先ほどまでわたしにくっついていたその手で閉まっていたカーテンを開けた。その瞬間、どうやらちょうど登ってきたらしい朝日が、きらきらと目に眩しい。久しぶりの明るさに目を細め、その先にいるナギくんを見れば、逆光になっているせいか、その光はとても綺麗にナギくんを包んでいて、まるで本当に天使のようだ。きらきらと光る煌きの中、また思い出す彼の言葉。


『名前、僕の彼女になりなよ』


なんて、まさかこんな年下の男の子に言ってもらえるなんて夢にも思っていなかった。しかも相手はトップアイドル。本当に、夢なのでは、そんなことを思いながらこっそりと自分の手のひらを摘んでみるけれど、なるほど、痛い。どうやらこれは夢ではないらしい。


「――で、どうするの?」


ふいにナギくんがこちらを振り向いた。逆光のせいでナギくんの顔はほとんど見えない。どきどきと大きな音を立てている心臓が恥ずかしいけれど、今はそれどころではなかった。なんと返せばいいのか、うまい言葉が見つからない。


「え、えっと、あの、」
「悩む必要なんてある?僕の彼女になるかならないか。そのどっちかだけでいいんだよ」
「………」
「名前、まだ、」
「ひ、一つ、聞かせてください!」
「……なあに?」
「あの、そ、その、ナギくんは、わたしのこと、好き、っていうことでいいんですか?」
「!!!」
「ど、どうなんです、か」


尻すぼみになる言葉。ここまで来て否定されることは、多分ないと思いたい。少し意地悪な質問だということもわかってる。プライドの高いナギくんのことだ。素直に好きだとかそういうことは口にしづらいと思う。それでも、聞きたかった。どうしても、彼の口から直接聞きたかったのだ。

ゆっくりと、一歩一歩こちらへ戻ってくるナギくん。さっきまで全く見えなかった表情が、少しずつ形を成していく。右手の甲で口元を押さえている彼の顔は、いつの間にかピンク色に染まっていた。


「僕は、」
「………」
「最初は、ただ面白いお姉さんだなって、思ってて」
「………」
「名前と出かけて、楽しいなって思って。名前の曲を見た瞬間、すごいなって思って。でも、あの曲がST☆RISHのためなんだと思ったら、凄く苦しくなった」
「……ナギくん」
「正直、好きだとか、愛してるとか、こんな子供な僕が言ったところで、うまく伝わらないことはわかってる。それでも、僕は名前の作る曲が好きだし、いつか、僕のための曲を作って欲しいと思ってる」
「っ…」
「僕は名前に傍にいて欲しい、と思ってる。初めて、なんだこんな風に思ったの。だから、僕は名前のことが好き、なんだと思う。だから、僕の彼女になりなよ、名前」


恥ずかしそうに目線を横に向けて、ナギくんが言う。それは、とても正直な等身大の彼の言葉だったように思う。はっきりと好きだと聞けたわけではないし、もしかしたらナギくんもまだ自分の気持ちがはっきり分かっていないのかもしれない。


(それでも)


それでも、いいと思えた。傍にいてほしいと、彼が思ってくれている。わたしに曲を作って欲しいと思ってくれている。それだけで、彼の傍にいる理由は十分だと思った。



「ぼ、僕はちゃんと言ったんだからね!名前は、ど、どうなのさ…!」


そんなこときっと口にしなくてもわたしのこの表情が物語っているに違いないけれど、ちゃんと言葉にしないと伝わらないことがあると思うから。ゆっくりと息を吸い込み、やっとの思いで口にした。


「わたしを、ナギくんの彼女にしてください」


その時のナギくんの嬉しそうな表情が年相応でかわいいな、なんて思ったことは内緒だ。



(14.05.07 虹子)



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