ナギ | ナノ


デリツィオーゾな言の葉


次に目が覚めた時、そこは見なれない天井だった。ふかふかの御布団、とはいかなかったけれど、どうやら柔らかいソファの上に寝転がっているらしいわたしの上には、どこかでみたようなコートが一枚。


(……ここ、どこ?)


そもそも、わたしは何をしていたんだっけ。とても寒かったことは覚えているのに、そこから先の記憶がひどくあやふやだ。心なしか、頭が痛い。そんなことを考えながら頭を抑えゆっくりと起き上がれば、足元にある何かが目に入り、息を止めた。


「…ん、」


自分の腕を枕にし、ソファに凭れかかるようにして眠る誰か。その誰かが誰なのかなんて、わたしが一番知っている。


「……んん、あれ、…名前、起きたの?」
「ナギ、くん」
「…おはよう」
「っ、」


寝ぼけているのか、いつもよりも幼い表情でふにゃりと笑うのは、間違いなくスーパーアイドルであり、わたしがずっと気にもんでいた帝ナギくんその人だった。久しくみることのなかったその笑顔に、恥ずかしいけれどほっとしてしまう自分がいて、思わず涙腺が緩みそうになる。そんなわたしを知ってか知らずかナギくんは体を起こしぐーっと伸びをしてみせた。


「あー、よく寝た!」
「あ、えっと、そ、それは何よりです」
「………」
「…えっと、その、」
「――それは何よりです、じゃないよ馬鹿!」
「ひっ!」
「あんなに冷たくなるまで寒空の下、そんな薄着で死ぬつもりだったの?!」
「あ、あの、ナギくん、」
「僕、怒ってるんだからね!!」
「え、ちょっ、」
「名前の馬鹿!大馬鹿!」
「あ、いた!痛っ!ナギくん、ちょっと暴力は…!」
「うるさい!僕がどれほど心配したと思ってるの!」
「!」


ぽかぽかと可愛い力でわたしを叩くナギくん。痛い、なんて言ってはみるけれど、実際は全然痛くなんてない。それどころか、今のナギくんの一言に、わたしの思考は完全に持っていかれてしまっていた。


(心配、した?わたし、を?―――あ、)


そこで、やっと自分が何をしていたのか全て思い出す。こんなこと漫画くらいでしかないと思っていたけれど、まさか自分が体験するなんて夢にも思わなかった。


「目の前でしゃがみこんでる女の人がいたから声をかけたら、そのまま倒れちゃうし、しかもその女の人が名前だし!僕がどんだけ大変だったと思ってるの!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「ダメ!許さないよ!」
「ええっ!」
「絶対許さない!」
「っわ!」


ぽかぽかとわたしを叩いていた腕ががばり!と伸びて、そのまま縋るように抱きつかれる。ちょうどナギくんの頭が腰辺りにくるような位置で少し恥ずかしいけれど、引きはがす気には到底なれなかった。


「本当、最低だよ、だいっきらいだ」


くぐもった声が、震えている。その振動が密着している体から直に伝わってきて、少しくすぐったい。すぐ下に見えるふわふわの猫っ毛に、どうしようかと少し躊躇したあと、ゆっくりと触れてみることにした。ふわふわ。さすがスーパーアイドル。どうやら髪の毛一本一本まで洗礼されているようだ。


「ごめんなさい、ナギくん」
「だから、どんなに謝ったって許さないよ!」
「どうしても、ナギくんに会いたかったんです」
「…っ!……僕に?」
「どうしても、会って、ナギくんと仲直りがしたかったんです」
「………」
「わたしは、事務所を変わることはできないけれど、それでも、ナギくんとあんな風に仲違いをしているままは嫌です」
「………」
「だから、また、前みたいなお友達に、戻ってくれませんか?」


隠された表情を覗き込むようにして顔を傾げれば、ゆっくりとこちらを向くナギくん。心なしか瞳が潤んでいるようにみえるのは、わたしの都合のいいフィルターでも通して見ているのだろうか。なんにせよ破壊力抜群の可愛さである。さすが宇宙レベルでキュートなアイドル。そんな馬鹿なことを考えていたのがナギくんにはばれていたのだろうか。


「いやだ」


一瞬にして拒否されるわたしの願いごと。身も蓋もないとはまさにこのことである。


「え、あ、あの、ナギくん」
「友達になんて戻らないよ。そもそも名前と友達になった記憶なんてないし」
「え、ええ!?」
「何そんなに驚いてるの?」
「だ、だって、わたしてっきり、お友達だと…」


確かに「お友達になりましょう」なんて言った記憶も、言われた記憶もない。それでも、友達と言うものはそんな言葉で縛り合うものではないし、気がつけばそういう関係が築かれているものだと思っていた。けれどナギくんの言葉から考えるに、どうやら最近はこの概念ではお友達というやつはなりたたないらしい。
さて、それではどうしたらいいというのか。わたしがここまでして築きたかった関係とは、なんだったというのか。


「友達、には戻らないけど……名前は僕と仲直り、したいんだよね」


そんなわたしを救済するかのようなタイミングで、ナギくんがわたしに言葉をかける。


「そ、それはもう、したいです!」
「じゃあ、いい案があるよ」
「いい案、ですか?」
「そうだよ、聞く?」
「ぜ、ぜひ聞かせて下さい!」


その瞬間、にっこりと。それはそれはいい笑顔で笑ったナギくん。まるでテレビの画面越しに見る様な彼の笑顔に、なぜか背中がぞくりとしたのは気のせいだろうか。


「名前、僕の彼女になりなよ」


ああ、神様。目の前にいるのは天使ですか?それとも、―――小悪魔なんでしょうか。



(14.04.08 虹子)



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