夢幻のインテルメッツォ
結局、鳳さんと皇さんから「少し時間をやってくれ」と言われ、あの日わたしはナギくんの後を追うことはなかった。ゆっくりと流れていく時間の中、ST☆RISHの皆さんとHE★VENSの皆さんは、以前にもまして良いライバル関係を築いている、と思う。ただ一人を除いては。
「………」
ぼんやりと眺める携帯電話。少しの操作で彼に電話をかけることもメールをすることも出来ることは分かっているけれど、その一歩が踏み出せずに空いている時間は意味もなくこうしていることが増えた。
最初は五線譜を片手にピアノに向かっている時だけは無心になれていたけれど、最近ではそれすらも危うく、旋律の途中でふとナギくんの顔が浮かんでその指が止まってしまうこともしばしば。このままではだめだ、そうは分かってもどう対応すればいいかが分からない、というのが正直な所だった。
(ナギくんがもしもわたしの移籍を望んでいるんだとしたら、それはかなえてあげられない…)
当てもなく鍵盤を人差し指で押さえてみれば、当たり前だけれどポーンという音が部屋に響く。いつもならばその一つの音からメロディが生まれることもしばしば、しかし今のわたしにとってはただの一つの音でしかなかった。
少し休憩しよう。ゆっくりとピアノ椅子から立ち上がり、ベッドに横になる。そのまま近くにあったリモコンでテレビの電源をつければ、なんというタイミングか。目の前の小さな画面にでかでかと映し出されているのは間違いなくナギくんその人で。
「……っ」
今はその笑顔を眺めていられるほどわたしも強くはない。なんにせよ、ナギくんが元気そうでよかった。そう思うことにして電源を切ろうとしたところで 、テレビから聞こえてきた声に思わずその指を止める。どうやらそれはもうすぐやってくるクリスマスに向けての特集生番組らしく、今はプレゼントの話題について話しているらしかった。
『ーーということは、ナギくんは好きな人へ衣服をプレゼントするんですか?』
『そうですね、やっぱり好きな人には自分好みの格好をしてほしいじゃないですか』
『なるほどー、大人ですね』
『もちろん、その人に似合って、その上で僕好みの服を選びますけど』
『例えばどのような服がお好みですか?』
『そうですね…ワンピースとか』
ちらり、とナギくんの視線がカメラに向かう。その瞬間、まるで目があったような錯覚にドキリと胸が大きく疼いた。思わず胸元を押さえて部屋の壁をみれば、そこには間違いなくナギくんからプレゼントされたワンピース。
違う、そんなはずない。そんな意味がこめられてるわけ、ない。
そう思うのに、何故か早まる鼓動は治まってはくれず、どんどんわたしを攻め立てる。テレビの中ではナギくんの言葉に女の子たちが黄色い声をあげている。きっとわたしも、彼にとってはあの女の子たちと同じような存在のはずなのに。
「………っ」
ベッドから立ち上がり、部屋着のボタンに手をかける。そして壁にかけていたワンピースを手に取り、着替え始めた。
(寒い…)
木枯らしが吹く中、必死にマフラーを引き寄せて暖をとる。ただでさえ寒いというのに、わたしがいるのはビルの間。通り風がとんでもなく寒い。
(でも、ここにいれば、いつかは…)
ふーっ、と手袋に息を吐きながら、すぐ近くのビルを見上げる。そこにはいつかみた大きなHE★VENSのポスター。レイジングエンターテイメントの、ビルだ。さすがにビルのすぐ前では警備員さんに止められかねない。だからこそ、少し離れたここにいるのだけれど。
(ナギくん、とちゃんと会って話そう)
いつまでもこんな気まずいのは嫌だ。メールも電話も出来たけれど、それでもやっぱり直接の方が伝わるものも多い。そう決めてここにやってきた。さっきの番組は生放送。今は外に出ているはず。いつになるかはわからないけれど、きっといつかはここに帰ってくるはず。わたしには、そう信じてここで待つことしか出来なかった。
−−そうして、どれくらい待っただろう。時計を見ると時間の流れに余計寒くなりそうで見てはいないけれど、いい加減人通りも少なくなり始めた。それなりの時間が経っていることは間違いない。
(寒いなあ…)
ふーっと自分の息で両手を温めるのも何度目か。こんなことならばもっと厚着をしてくるのだった、なんて思っても後の祭り。確実に冬の寒さはわたしの体力と気力を蝕んでいた。もしもこのまま凍死なんてしたらどうしよう、そんな馬鹿げたことを考えて、ゆっくりとしゃがみこむ。そして、自分の膝に顔を埋めて、瞳を閉じた。
「お姉さん、大丈夫?」
ああ、ナギくんの声が聞こえる。なんて都合のいい夢をみているんだろう。