迷子のセレナーデ
スタッフの方から手渡された一通の封筒。この中に、きっと先ほどの番組の結果が書いてあるのだろう。思わず震えそうになる手でそれを持ちながら部屋の中に目を向ければ、緊張の面持ちの皆さんと目が合った。そのことにより余計に緊張する身体。一回大きく息を吸い込み、その封を切った。
「………」
中からでてきた白い紙を取り出し、ゆっくりと開く。ここに書いてある結果によって、わたしと春歌ちゃんの運命が決まる。このままST☆RISHの曲を作り続けられるのか、それとも事務所が変わってしまうのか。嫌でもどきどきとする心臓をどうにか押さえ込み、そこに書いてある文字をその瞳に映した。
「――――え」
「苗字、何て書いてあったんだ…!」
「あ、あのっ」
「名前、何、どっちが勝ちなの?!」
「これ、」
先ほどの勢いそのまま、翔くんとナギくんが両サイドにやってくる。未だに状況を理解できていない頭で彼らにその紙を渡せば、翔くんもナギくんも信じられないといった表情で、その結果を口にする。
「同じ…?」
「引き分け…?」
その瞬間、周りにいたメンバーも慌ててその紙を覗き込む。そして、実際に同じ数字が並んでいるのを見て、どうやら理解したらしい。
――そう、その紙に書いてあった投票結果は、ST☆RISH、HE★VENSともに同票だったのである。
「嘘だろ、こんなことって、何かの間違いじゃ」
「信じられない、まさかこんなことって…!」
「来栖、そうは言ってもこれが結果なのだ」
「……ナギ、信じないわけにはいかないだろう?」
翔くんもナギくんもなかなか目の前の状況が納得出来ないのか、それぞれが宥められるように声をかけられている。そして、わたしも。
「名前ちゃん、大丈夫ですか?」
「は、はい…少し、驚いてしまって」
「そうですね、まさか同点だとは思いませんでした」
「………」
「でも、結果として、一番良かったのではないでしょうか」
「そう、ですね」
何とも言えない雰囲気が漂ってはいたけれど、確かにこれはこれで良かったのかもしれない。どちらが勝つこともなければ、この勝負はこれで御終いだ。そんな思いでナギくんを見れば、ばっちりと噛み合う視線。なんと声をかけよう、そんなことを考えていた矢先、こちらへやってくるナギくん。
「名前」
「あ、ナギくん、―――え」
彼の名前を読んだ瞬間、まるで先ほどのようにがっしりと掴まれるわたしの右手。わけがわからず掴まれている部分とナギくんの顔を交互に見ていたわたしに、ナギくんがにっこりと微笑む。その瞬間まるで火がついたかのように火照る頬。けれど、今はそれどころではない。一体どういうことなのか、確認しなくては。
「あの、ナギくん、これは」
「え?なに?」
「いや、その、なに、ではなくて」
「――ってことだから、名前はいただいていくね!」
「………え、ええ?!」
突然のナギくんの言葉に、驚きの声をあげたわたし。いや、わたしだけではない。後ろにいたST☆RISHの皆さんと春歌ちゃんもわけがわからないといった顔をしている。全てがわかったような顔をしているのは、ナギくんと鳳さんくらいだ。(皇さんはいつもと変わらないからよく分からないけれど)
「ちょ、ちょっと待ってよ!引き分けでしょ?!それならあの内容は守られないはずじゃないか!」
慌てて止めに入ってくれた一十木くん。全くもってわたしも彼と同意見だ。それを伝えようとナギくんを再度見れば、それはそれは楽しそうに笑っていて、嫌な予感というのはこういうことを言うのか、と実感する。
「あの、ナギくっ、」
「―――何言ってるの?勝てば2人をもらう、としかいってないよ。引き分けたんだから、片方もらっても、問題はないでしょ?ねー、瑛一!」
「そうだな、まあナギに気に入られたんだ。諦めてこっちに移ってくるんだな」
「ひゃっ!」
「名前ちゃん…!」
ぐいっと引っ張られ、あっという間にHE★VENSの皆さんに囲まれてしまう。先程まで仲睦まじくああだこうだ言い合っていたのに、なぜこういうことになるのか。未だに一十木くんと翔くんが引きとめようと色々意見してくれているのが聞こえる。そして、それに反論するナギくんの声も。
「………」
掴まれた腕。わたしのことをそれほどまでに必要としてくれていると思えば、これほどまでにありがたいことはないのかもしれない。それでも、わたしの心はもうすでに決まっていた。
「ナギくん」
「え、なに、名前」
「――わたしは、行けません」
「…え?な、何言って?」
「ごめんなさい、わたしはシャイニング事務所の人間なんです。どうしても、ST☆RISHの皆さんに、春歌ちゃんと一緒に、曲を作りたいんです」
「ば、馬鹿なんじゃないの?この僕がここまでして、誘ってあげてるんだよ?その意味、ちゃんとわかってる?」
「…ごめんなさい」
「!!」
「…あの、ナギく、」
「もう知らないよ!大嫌いだ!名前の馬鹿!!」
「あっ!」
掴まれていた手が乱暴に振りほどかれて、思わずよろけた。すぐ傍にいた一十木くんが支えてくれて転ぶなんていうことはなかったけれど、空いたドアの先、もうそこにナギくんの姿はなく。
(泣いてた、な)
わたしに向かって思いの丈をぶつけたナギくんの目元が光っていたのは、きっと間違いじゃない。けれど、わたしにも譲れないものがある。間違った選択はしていないはずだ。それなのに、心にぽっかりと穴があいたような気分になるのは、どうしてなんだろう。