ナギ | ナノ


決戦のファンファーレ


―――そうして、ついにやってくる運命の日。今日は、あの対決の話が出て以降、初めてST☆RISHとHE★VENSが音楽番組で顔を合わせる日だ。

色々な感情が渦を巻いて、昨日はなかなか眠れなかった。重たい体を引きずるように布団から出て洗面所に向かうけれど、そこに映った自分の顔に愕然とした。あまりに、酷すぎる。


「………」


こんな顔のままST☆RISHとHE★VENSの放送を見るわけにいかない、と必死に顔を整える。どうにかいつもに近い顔になったところで、昨夜から準備していたキレイめの服に着替えた。その間も、煮え切らない感情はわたしを蝕んでいき、どうしようもない。


「しっかり、しなきゃ」


ST☆RISHが負ければ、わたしはシャイニング事務所をでなければいけない。もうST☆RISHの曲を書くことができない。そんなことばかりが、頭を廻る。ST☆RISHの皆さんは負けたりしない、絶対に大丈夫、必死に言い聞かせた。





「おはようございます、名前ちゃん」
「あ、春歌ちゃん、おはよう、ございます」
「……体調が、お悪いのですか?」
「え、いや、そんなことは」
「今日の名前ちゃん、顔色が悪いですよ…」


テレビ局の近くで、待ち合わせていた春歌ちゃんと合流する。そして出会って早々に見抜かれてしまうというわたしの甘さ。心配そうにわたしを見ている春歌ちゃんに心が痛い。春歌ちゃんだって自分と同じ状況のはずなのに、心配させてしまった。

そんなわたしに、春歌ちゃんが言う。


「心配、ですか?」
「え、」
「ST☆RISHの皆さんと、HE★VENSの皆さんがまたこうして競うことが、心配ですか?」


わたしの目をみて、ゆっくりと微笑む春歌ちゃん。その微笑みは、いつかの一十木くんのようにわたしの身体からいらない力を抜いてくれた。楽になる身体に、心まで少し楽になったような気分になる。


「大丈夫ですよ。ST☆RISHの皆さんは、いえ、わたしたちは必ず、ファンの皆さんを楽しませることができます」
「………はい」
「もちろんHE★VENSの皆さんも、ファンの皆さんを楽しませることに全力を注ぐとは思いますが、ST☆RISHの皆さんは、気づいていますから」
「…気づく?」
「以前競い合った時に、わたしいっぱいいっぱいになってしまって。勝つことに必死になっていたんです」
「………」
「でも、一ノ瀬さんに言われました。“ ありのままの君の音楽が好き”だと。それで、わたし気づいたんです。本当に大事なのは勝つことじゃない、ありのままの音楽で、皆さんに幸せを届けることなんだって」
「………ありのままの、音楽で」
「だから、楽しみましょう。結果は自ずとついてくるものです」
「…はいっ!」


春歌ちゃんの言葉に、心の底から返事をする。心配な気持ちが全て消え去ったわけではないけれど、それでも大丈夫だと思えた。ありのままの、音楽。わたしと春歌ちゃんで作り上げた、ST☆RISHの曲。それを、皆さんが歌にしてくれる。なんて、素敵なことなんだろう。


(ナギくん、ごめんなさい。わたしは、やっぱり、)


ST☆RISHが、好き。ST☆RISHの皆さんに、曲を作り続けたい。春歌ちゃんといっしょに。



そうして、落ち着いた気持ちでやってきたST☆RISHの楽屋。本番前だというのに皆さんいつも通りで、気がつけばわたしもいつも通りの笑顔になっていた。一十木くんはこの間のわたしを知っているからか少し心配そうな顔をしていたけれど、笑顔で大丈夫だと返せば、安心したように笑ってくれた。


「それでは、行ってきます」
「絶対に、俺たちは、七海も苗字も守ってみせるよ!」
「その前に俺たちの曲を好きだといってくれる子羊ちゃんたちを楽しませてあげないとね」
「その通りだ、俺たちの曲で、幸せを届けるんだろう?」
「僕たちなら、絶対にできます!」
「なんてったって、曲を作ったのが七海と苗字だしな!」
「必ず、ミューズも喜んでくださいます!」


7人が7人らしい笑顔で、春歌ちゃんとわたしに向かって言ってくれた言葉に、目の奥が熱くなるのが分かる。そっと春歌ちゃんに肩を支えられて、出来るだけの笑顔で、わたしは彼らを送り出したのだった。


(14.02.02 虹子)



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