夜久衛輔

やっとのことで提出期限ギリギリのレポートを完成させて布団に入ったのが午前5時。既に明るくなりつつある外の光に包まれながら浅い眠りについたのが午前5時10分。レポート提出期限は午後13時。ぐっすり寝たらもうその先には地獄しかないとわかっていたからどうにか目覚ましだけはしっかりかけて、微睡みに落ちていったのだけど。


―――何かの音がする。それに、なんだか眩しい、ような、なんだっけ?


「名前!」
「ん、んー??」
「さっきから目覚ましなってる!早く起きないと遅刻するぞ!」
「んんん〜…今、何時…」
「もう12時30分だっつの」
「………?!!!!」


ガバリと飛び起きれば目の前には料理でもしていたのか、同棲中の衛輔くんがエプロンをつけて立っていた。冗談でしょ?!という思いをこめて携帯を手にとってはみるものの、どうみても携帯の時間は衛輔くんと同じ時間を示しているではないか。信じられない。終わった、これは終わった。


「も、衛輔くぅううううん」
「お、わ!な、なんだよ、どうした」
「せ、せっかくレポート書いたのに、これじゃ間に合わない」
「だからあんなに何回も起こしたのに」
「うううう」


衛輔くんのエプロン姿がめちゃくちゃかわいいとか、美味しそうな匂いがするとか、今日のお昼ご飯はなんだろうとか全部吹っ飛んで、今はもう融通の聞かない教授の顔しか頭には浮かばない。ここでこの単位を落としたらもう来年とんでもない授業数が待っているというのに、終わった終わった。


「名前」


完全に悲壮感たっぷりでぐずぐずと半泣きになっているわたしの頭を撫でながら衛輔くんがわたしの名前を呼ぶ。なに、と短く答えればばさりと目の前でエプロンが脱ぎ捨てられ、ビシッと指を指された。突然の彼の行動にぽかんとなったわたしのおでこを小突きながら、衛輔くんがいう。


「3分で用意しろ」
「え、え?」
「いいな」
「わ、わかった…!」


よく分からないままに着替えと洗顔を済ませ、レポートを詰めた鞄をもった。ここからどうすればいいのか分からずぼけっと突ったっていたら玄関から衛輔くんの声が聞こえてあわててそちらに向かえば、なぜかヘルメットを持っている衛輔くんの姿。


「も、衛輔くん?」
「ほら、おまえの分」
「え、へ、ヘルメット?」
「なにぼけっとつったってんの!時間ないんだろ、行くぞ!」


追い出すように外に追いやられて、衛輔くんが玄関の鍵をしめる。そして階段を下りて、その下にあったものをみて絶句。


「ば、いく?」
「この間いったじゃん、俺バイク買ったって。3日前くらいにやっと届いたんだけど、ほら、名前ずっとレポートしてたからさ」
「………」
「ほら!いいから乗れ!遅れるぞ!」
「え、あ、う、うん!」


まだうまく衛輔くんの言葉を消化しきれないままに、彼の指示に従って大きなバイクに跨った。衛輔くんがバイクをずっと欲しがっていたことも、そのために必死にバイトしてたことも、やっといいバイクが中古でみつかったんだ!って笑っていたこともしっていたけれど、これは。


「しっかりつかまってろよ」
「う、うん!」


彼の背中にくっつきながら、初めての経験に対してだけじゃない胸の高鳴りを感じていた。




―――そうして、どうにかこうにか提出期限5分まえにレポートを提出し、家に戻ってきたわけなのだけれど。


「も、衛輔くん」
「ん?」


バイクを駐車して、ヘルメットを外す衛輔くん。衛輔くんはもともと顔もいいし、少し身長は低めだけれどスタイルも悪くない。そんな彼がこんなかっこいいバイクを乗りこなしているなんて、ずるすぎないだろうか。


「なに、どうした?」
「め、めちゃくちゃかっこよかった!」
「……は?」


ぽかんと口をあけて固まる衛輔くんを尻目に、わたしは興奮冷めやらずどきどきと早足の心臓に素直に従いながら彼に食いつくように畳み掛けた。


「バイク乗る衛輔くん超かっこよかった!」
「ば、ばか!声が大きい!」
「本当に本当にかっこよかった!」
「名前、本当頼む、黙れ!」
「惚れ直し、――んぐ!」
「いいから部屋もどるぞ!」


まだまだたくさん褒めたかったのに無理やり手のひらで口を塞がれてしまえばしょうがない。引きずられるようにして2人で住んでいる部屋に帰った。ヘルメットを床に転がしてため息を吐く衛輔くんをみながらどうしてもにやけてしまう頬を隠すように自分の手をあてるけれど、残念ながら全く隠せそうにない。それくらい先ほどの衛輔くんはかっこよかった。

ちらりと衛輔くんを盗み見たら、どうやら彼もこちらを向いていたらしくばりちと噛み合う視線。いやでもにやけているのがわかる。


「顔、すげえだらしないことになってる」
「うん、知ってる」
「本当はもっとかっこよく披露するはずだったのに…名前のせいだからな」
「うん、わかってる」
「…………なんだよ」
「衛輔くん、大好き!!」
「ぅ、わあ!」


ここが玄関だとかそんなものはどうでもよくて、勢いに任せて彼の細い首に抱きついた。さすが長年スポーツをしているだけはあって、少しバランスを崩しただけでがっしりと受け止めてくれる衛輔くんに、わたしのにやにやはさらに加速してしまう。


「衛輔くん、好き、超好き!」
「本当、恥ずかしいやつ」
「大好き!」
「はいはい、俺も好きだよ」


あっさりとそう言いながらも、ほんの少し赤くなった頬が隠せていないよ衛輔くん。そんな衛輔くんの頬に小さくキスを落とす。と、その瞬間気づいた鼻腔をくすぐるいい匂い。そういえばさっきはレポートのことばかりであまり気にしていなかったけれど、この匂いは。


「あ、しまった、もう冷えたかな」
「この匂い」
「レポート頑張ってた彼女のために、せっかくお前が好きだっていってたロールキャベツ作ったっていうのに」
「………」
「まあ、温め直したら、」
「――衛輔くん!」
「!?」
「いっぱいいっぱいありがとう、愛してる!」


これ以上ないほどの気持ちをこめて、外に聞こえちゃうとかそんなものはどうでもよくて。とにもかくにも1秒でも早くこの気持ちを伝えたくて、まるで叫ぶみたいに気持ちを吐露する。衛輔くんは驚いたように目をぱちぱちしていたけれど、すぐに困ったように笑って、わたしの唇にキスを一つ。


「ほら、とりあえず飯、食おうぜ」
「うん!」
「本当、お前にはかなわないよ」
「うん?」
「なんでもない」


嬉しそうに笑う衛輔くんに手を繋がれて、リビングへいく。そこには綺麗に並べられたロールキャベツ。二人で手を洗って、冷めてしまったそれをレンジでチンして、一緒に席に着く。


「それじゃ、手を合わせて」
「いただきます!」


大好きな人と一緒に過ごすある日の休日。今日も、君のおかげでわたしは幸せです。





(2016.06.03 虹子)
夜久さん大好きです。



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