岩泉 一

ふと寝苦しさを感じて隣を向けば、いつのまに帰ってきていたのか、同棲して3年になる彼氏がそこで眠っていた。寝るときくらいは広々としてたほうがいいだろ、なんていう真面目なハジメちゃんらしい提案で別々のベッドをそれぞれの部屋においているのだけど、こうしてこっそりやってきてわたしのベッドに入ってくるなんて彼らしくない。一体今は何時だ、と枕元で充電していた携帯のボタンを押せば、ピカッ!と寝起きの目には必殺技くらいの威力がある光が漏れる。慌てて布団の中に携帯を突っ込んで時間を確認すれば、3時の文字。なるほどまだ夜中である。1時前に布団に入ったことを考えるとまだ2時間しかたっていなかったらしい。


「………」


律儀にわたしの頭の下に腕をいれて、まるで抱きしめるかのように眠っているハジメちゃん。普段彼からくっついてくることがあまりない分、この時間がまるで奇跡みたいで思わずふふふと笑いたくなってしまう。どうにかおこさないように今度はハジメちゃんに背中を向けるように寝返りを打てば、んんーというハジメちゃんにしては珍しい気の抜けたような声がして、引っ張られるように今度こそ抱きしめられた。背中にぴったりとハジメちゃんの熱が張り付いて、柄にもなくドキドキしてしまう。おかしい、キスもセックスもくさるほどしてきたというのに。どうしてこんなことで今更ドキドキしているのか。


「んんっ…」
「…………」
「ん、…名前っ」
「!!」


ふいに寝起きのような掠れた声で名前を呼ばれて、心臓が今度こそ口から飛び出るんじゃないかと思うほど飛び跳ねた。思わず奇声を発しそうになる口を両手でぐっと押さえつける。耳に聞こえるのは自分の心臓の音と、ハジメちゃんの静かな寝息だけ。ああ、心臓に悪い。

首の下と腰のあたりに回されているハジメちゃんの腕。ずっとバレーをしてきた彼の腕は見た目以上に逞しくてお世辞にも綺麗な腕だとは言えない。それでもわたしはこのごつごつした腕がどんな綺麗な腕よりも好きだったし、この傷の一つ一つがとても愛おしい。


「…好き」


小さく呟いて、腰のあたりに回されたハジメちゃんの腕にそっと触れた。ゆっくりと指を絡ませて、ぎゅっと握る。ずっとずっとこの手に触れていたい。わたしだけの、暖かさ。そう思うと胸の中がいっぱいになって、苦しくて苦しくて少しでも楽になれば、ともう一度同じ言葉を呟いた瞬間―――


「…誘ってんのか?」


耳元で、またもや掠れた声が届く。けれど今度は先ほどのようなぼんやりとしたものではなく、しっかりと意志のこめられた言葉だ。びくりと肩を震わせて顔をそちらへむければ眠そうに欠伸をするハジメちゃんがいて、思わず何度も瞬きを繰り返した。


「は、ハジメちゃん、起きちゃった、の?」
「ふぁ…あ?さっき一瞬なんか明るかっただろ?それくらいからぼんやりしてた」
「!ご、ごめんね、わたしの携帯だ」
「別に。…で、それよりさっきのは、俺にどうにかされたいっていう合図か?」
「っ!」


項のあたりにハジメちゃんの指が触れる感触がして、次の瞬間ちゅうっという音とともにちくりとした痛みが走る。気づいた時には2度目の痛みが走っていて、慌てて彼の名前を呼べば少しだけ不機嫌そうな声で、もう遅いと言われた。


「え、な、なにが、」
「最初から起きたらこうするつもりだった」
「?!な、なんで?」
「及川が、」
「お、及川くん?」
「及川が、お前のこと相変わらずかわいいって昨日の飲み会でいってて、イラっとした」
「………」


そういえばこの間たまたまスーパーで高校の同級生だった及川くんとであったことを思い出す。及川くんはハジメちゃんの幼馴染で、ずっと一緒のチームでバレーをしていたそうだ。そして今も同じバレーサークルに所属していて、時々昨日のように飲みにいっているらしいのだけど。


(こんなハジメちゃん、初めてかも、)


まるで拗ねたように唇を尖らせたハジメちゃんが可愛くて思わずふふっと小さく笑えば、何笑ってんだよと今度こそ不機嫌な声が耳に届いて愛しいという気持ちがどんどん膨らんでいく。


「じゃあ折角だし、存分に誘っちゃおうかな」
「!………その言葉、後悔してもしらねえからな」
「優しくしてね」
「約束はできねえな」


なんて怖いことをいいながら、顔はとても優しく微笑んでいるのだから本当にこの人はかわいいひとだ。いつまでもいつまでも、この人の隣にいられればいい。とりあえず今は、優しいキスを受け入れながらシワになったシーツの海に溺れることにしよう。




(14.06.10 虹子)
Happy Birth Day!



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