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※08先生との指切り


『ヒスイ、明日から数日、基地での作業は無かったな?』
「はい…明日から三日休暇なのでディーノとシカゴの手伝いに行こうかと思ってますが。」
『そうか。ではその件は私が預かろう。』
「は…」


軍医のその一声で、次の日からの少しばかり長い移動に一人同行者が加わった。黒いスーツに明るい緑の髪をオールバックに上げた男性がフェラーリの運転席から彼女を手招きする。呆気にとられているヒスイを助手席に促して、彼は満足げにディーノに声を掛けた。


「さて、では行こうか。」
『ビークルで自分で走ったらどうなんだ。』
「なに、ヒスイとずいぶん前に約束していたのだよ。いつかこの姿で出掛けるとね。」


ヒスイは驚く様子もなく人間を形どったラチェットと話すディーノに目を瞬かせた。どういった仕組みかはまだ定かではないが、ラチェットが人間に擬態するプログラムはまだ極秘だと聞いていた。
不思議そうな顔をしている彼女に気づいたのだろう。ディーノがやんわりと補足を足す。


『成り行きでな。分かってると思うが、お前も他言するなよ。』
「…公表はラチェットの判断ですから、私には。」
『そう固く考えずとも良いよう善処したいのだがね。車と違い人間を、というのはやはり難しいものだな。倫理的に認可されるのは、まだまだ先になりそうだ。』


金属生命体である彼らがある程度認知されてきた現在でも、人間社会との境界線を提示する政治家は消えはしない。理解出来ない対象に対して距離を取ろうとするのは当然の事だが、身近な同僚が知らない人間に頭から突っぱねられてしまうのはやはり悲しいものがあった。
彼女は敢えて少し話を変える。


「人間ってラチェットから見るとどんな感じですか?」
「そうだな…常に新しい発見がある。元の姿だとやはり気付けない小さな事が多々あるからな。君の事も間近で見ると、まだまだ知らない顔が沢山ある。」
「私もですか?」
「そう、例えば」


不敵に笑ったラチェットがぐっと身を乗り出す。目と鼻の先に整った大人の男性の顔。さすがに平然とした顔ではいられず、ヒスイが顔を赤らめるとディーノがエンジンを唸らせた。


『あんたは俺で遊んでんのか?』
「ははっ。そうかもしれん。」


すっとヒスイから離れると、ラチェットは穏やかな表情で前を見つめる。…正直、ビックリした。サイドドアに寄りかかると、シートベルトが少し締まった。
可笑しな話だ。それだけで安心する。金属生命体である彼にだんだんと心惹かれ、数年経てみれば彼がパートナーと呼べる存在になるなんて。人間は今も好きではないらしいが、彼なりに大切にしてくれている。それを幸せと思う反面、物足りなさを感じるのも事実だった。例えばディーノが人間になったら?抱き締めて、くれたりするのだろうか。暫くベルトは握ったままだった。

シカゴに到着すると、ヒスイは人間の波の中へ入って行った。物資の補給の手伝いをしている彼女をディーノは黙って遠目に見つめる。
対してラチェットはディーノの側でなに食わぬ様子で電子機器の修理をしていた。人間の顔とロボットの顔をあっさりと使いこなし、スマートにこの星で暮らす彼。顔を真っ赤にしたヒスイを思い出してディーノは内心、穏やかではなかった。
特別に大切にしている人間に他のオートボットが同じ姿で接する。不安に思わないわけはなかった。彼女は知らない。彼女が倒れた時、自分が仮初めの姿を得た事を。あれ以来、使用していないがデリートするはずのプログラムは奥底でひっそり眠っている。

触れた手の感触は、思い起こせば今も熱く。


「ディーノ?」
『ラチェット、あんたは人型になって何を望む?何故、人間を模そうと思ったんだ。』
「…ふむ。好奇心、というのが一番当てはまるか。医療だけでなく、私は科学者だからね。未知の事象には惹かれるものだ。」


いかにもラチェットらしい淡白な答にディーノは少し安心した。人間に興味や友愛はあっても想いを寄せるなど考えただけでも不可解な話だ。だが、悪くないスパークの温もりはそれを覆す威力があった。
黙り込むディーノにラチェットは意地悪い笑みを浮かべると、彼の足に軽く触れる。


「お前はまだ若い。せいぜいセイシュンをオウカする事だ。」


意味ははっきり汲み取れない。しかしその表情から彼女との事をからかわれたであろう事は分かって、ディーノは不機嫌そうに顔を逸らした。

君と同じ目線は、果たして何を生むのか。
未経験の欲は、静かに疼いて。
―――――――――――
2013 07 05

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