22夜に堕ちていく
「――見送りには行かないわ。」
夜。静まり返った格納庫で、彼女はディーノに静かに告げた。彼は特に何も云わず、暫くして好きにすればいい、と返した。
寂寥が募るが、消えてしまう背中を追い掛ける事は出来ない。戦いがこれで終わるはずもなく、むしろこれから激化するだろう。民間人を守る責務が自分には在る。
ヒスイは毛布に身をくるめて、ディーノの隣に腰を降ろした。せめて、出立までは側に。沈黙が漂うが、それは心地の悪いものではなかった。
『…、懐かしいな。最初に会った夜みたいだ。』
「え、…」
『いや、違うか。あの時はこんな風にオマエが隣に居るのを赦さなかったな。』
口を開いたのは珍しくディーノの方からだった。ビークルモードで表情を伺い知る事は出来ない。ただ、話す声の音が優しく耳に染み込んで彼女は息を呑んだ。
二人の距離は今、誰よりも近い。しかし、何も出来なかった。行かないでと喚く程子供でなく、感情を殺しきる程大人にもなりきれない。
赤い体に手を伸ばすと、ディーノは驚いたよう少しだけ揺れたがヒスイの好きなようにさせた。
それが彼女は嬉しくて、また悲しかった。
『…眠れよ。オマエは地球人だ。起きたら此処での戦いが待ってる。』
「ええ、」
感謝の意を伝えたかった。けれど、言葉をうまく選べずヒスイは彼に寄り沿い顔を伏せた。
***
朝焼けは燃える色から次第に澄んだ色へ変わって行く。
真夜中にワシントン基地を去ったオートボット達の姿は今、モニターの大画面の中…ヒスイはその前で、ザンティウムの発射を見守っていた。
打ち上げの点火が告げられ、画面の中が白く染まる。
彼らはどこへ行くのか。
太陽系などすぐに出てしまう?
つい先程まで近くに居たのに、手の届かない場所へ。
祈るように手を組んで、画面を食い入るように見つめる。
その時、不意にデスクの子機が鳴り響いた。
(……?)
手を伸ばす。何も考えず、それはごく自然な動作で。
"ヒスイ……ハハッ、久しぶりダナ?"
「…、レーザー…!」
"おっと、そこから動くなヨ?声も立てるな。今からがお楽しみの時間だ。"
目を見張る。全身鳥肌がたった。混乱する頭でヒスイは必死に考えた。何故、何故このタイミングで彼が接触を図ってきたのか。
嫌な予感が、大きな不安が膨れあがる。レーザービークは変わらず、終始楽しげで優しく彼女に語りかけた。
"ヒスイ……ご主人様は、オマエをとても気に入ってる。だから、見たいんだよ。"
「…何、を」
"オマエの絶望ヲ"
――未確認の物体接近!
――何だって、馬鹿な、どこの機体だ!?
「、……ッ、迎撃を!!誰かっっ」
突然現れた軍用機から放たれたミサイル。
ザンティウムへの着弾は僅か数秒足らずで、爆発してもヒスイは動く事すら出来なかった。
画面越しの光景に、現実味がない。信じたくない、こんな…こんな。
海上に火を噴きながら落下していく粉々の機体。子機を握りしめた手は白く、小刻みに震えていた。
目眩。強い吐き気に襲われ、彼女はその場で酷く咳き込む。
"邪魔者はこれで消えた。シカゴに遊びに来いよ、ヒスイ。世界の終わりがそこから始まる。オマエなら特別に俺達のペットにしてやってもいいぜ。"
高らかな笑いと共に、マザーグースの詩が聴こえる。彼女は返事をする事なく回線を切りそのまま椅子にへたり込んだ。
泣いたら駄目だ。敵を喜ばせる。
そう解っているのに、透明な液体が瞳から溢れ出した。
「……ディ、ーノ」
その声に、込められた思いが、崩れ落ちた姿が全て。
先に逝くなと言った貴方は、彼方の海に。
―――――――――
2012 09 16
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