番:黄金街02
簡単すぎてつまらない、それが正直な感想だった。僅かな先の時間の事ならほぼ正確に察知出来るヒスイには、能力を使えばギャンブルの結果は全て視える。
(…モネに全部勝つよう言われたから視てみたけど、)
正直、やる意味があるのか疑問だった。ドフラミンゴがこんな小銭稼ぎをした所で喜ぶとは思えないし、負けた所でとやかく言うような額でもない。
むしろ集まるギャラリーの方にひやひやする。ベネチアンマスクで目元を隠しているものの、海軍や海賊が周りにいる事を彼女はひそかに恐れていた。
「楽しんでいただけているようですな。」
指を鳴らす音に振り返ると、派手なダブルスーツを着た男性がドフラミンゴと歩いてきた。
黄金帝、そう呼ぶに相応しい指輪や、靴。彼が纏う全てが輝かしくヒスイはドレスの裾を持ち上げ恭しくお辞儀をした。最低限の礼節はドレスローザにいた頃に教え込まれている。
テゾーロはそれを見て俄に目を瞬かせたが、すぐににこやかな表情を繕った。
「畏まる必要はありませんよ、リトルレディ。貴女は私の船に来て下さった可愛らしい賓客です。ようこそ、グラン・テゾーロへ。オーナーのギルド=テゾーロと申します。」
「…初めまして、ヒスイと申します。」
上手く微笑みを浮かべる事は出来なかったが、手の甲に口付けられた事にヒスイが動揺しているとテゾーロは満足そうだった。
「お見受けした所、貴女は素晴らしい幸運をお持ちのようだ。どうです?この機会に一つ、私と勝負してみませんか?」
「えっ…」
「何、貴女が負けた所で、代金は戴きません。挨拶を兼ねたほんの余興です。加えて私に勝てば相応の贈り物もご用意しましょう。」
突然の提案に彼女は困惑しながらドフラミンゴを見る。彼は何も言わず傍でただ静観していた。特に動きを見せないという事は好きにしろと言うことか。ヒスイは少し沈黙した後、分かりましたと言葉を返した。
「Now you're talking!ではV.I.P.ルームへご招待致します。カジノ経験は以前にもおありで?」
「いえ。今日が初めてです。」
「それは驚きだ。ではクラップスにでも致しましょうか。」
テゾーロはマスクの隙間から覗く瞳を見つめる。珍しい、緑色をした瞳は澄んだ光を携えていて、美しい色をしていると思った。
***
ゲーム内では特に違反行為をしている様子はなかった。むしろ、淡々とし過ぎてテゾーロは内心首を傾げた。金で繋がっているドフラミンゴが寵愛しているらしき少女であるのに目の前に増えていくチップに笑顔の一つも見せない。むしろ退屈そうだった。
時々、その静かな視線がドフラミンゴを向く。だが、彼は悠然と彼女がベットする様子を眺めるばかりで動きを見せる様子はなかった。
(―――バカラ、)
(…承知致しました。)
テゾーロは秘書に視線を送る。それまで彼の傍で控えていた女はゆっくりと立ち上がりにこやかにヒスイに声をかけた。
「流石はドフラミンゴ様のお連れ様!素晴らしい手腕にございます。」
「…いえ、」
「うふふ、謙虚なお嬢さんだこと。是非、ヒスイ様の幸運にあやかりたいものですわ。」
ごく自然な動作でバカラは彼女の肩に手を置こうと腕を伸ばした。周りに知られてはいないが彼女はラキラキの実の能力者。どんなに幸運な人間も彼女に触れられた瞬間その運気は奪われてしまう。
―――悪いわね、お嬢さん。
しかし、触れる寸前で、あろうことかバカラはヒスイの姿を見失った。困惑に目を瞬かせると、少女は少し距離を取った位置に立っており静かな視線でバカラを見ていた。
「Mr.テゾーロ。私もお金は必要ありません。だから、彼女を使う必要もありません。」
「!」
「…もう充分です。お近づきになるご厚意は受け取りましたので私は下がらせて戴きます。」
「待て!」
テゾーロの声に呼応してその手から金が沸き上がる。そのまま下がろうとした彼女を捕らえようと動いたその煌めき。躱そうとしたヒスイだが、ふと途中でそれを止めた。囲まれた四方を透明の糸が引き裂く。
再びちりぢりになる黄金を見て彼女はぼんやりと美しいと思った。
「テゾーロ、俺のものに手出しは無用と言った筈だ。」
「…ゲームはまだ途中だ、」
「その横やりを先に入れたのはお前の方だろ。俺ももう充分だ。このガキは回収させてもらう。」
ふわりと、その右腕に抱えられてヒスイから振動でマスクが外れる。初めて少女はテゾーロと正面から対面する。まだ幼いながらも端正な顔立ちに化粧を施した少女は、その美しい眼を持つに相応しい容姿だった。
「…ジョーカー、彼女をベットする気はないか?」
ほぼ無意識に近い形で出た言葉。テゾーロの言葉にドフラミンゴは刹那、眉を寄せたが、すぐに鼻で笑い飛ばした。
「生憎とこれは戦利品にはならねぇな。愛玩商品なら他をあたれ。」
***
海賊船に戻って、ヒスイはすぐにドレスを脱いだ。シャワーを浴びて化粧を落とす。鏡の前にいつもの自分が現れるとほっとした。
「…なんだ、もう全部とっ払っちまったのか。」
「…」
部屋で横になっていると、いつの間かドフラミンゴがそれを見下ろしていた。額に置かれた手の冷たさが心地よく、そこで初めて気がついた。熱がある。
思えば長時間、小刻みであるが能力を発動させていた。その反動が来たのだろう。
「…いつか、」
「あ?」
「いつか、私は貴方に何処かへ売られるんでしょうか。」
思考が正常ならそんな質問は口に出なかっただろう。答えなど求めても仕方ない。どちらにしても望む答えにはならないからだ。
だがふと気になって口をついた。以前、ロシナンテが言っていた。珍しい能力者だからきっと想像もし難い高値がつくと。天竜人を除いて、ギルド=テゾーロはその額をきっと支払い得る稀有な人間の一人だろう。
黄金に囲まれた、まばゆい光の陰で、悲しみを潜めたひと。ドフラミンゴには感じられない弱さがまだ彼にはどこか残されているような気がして、ぼんやり思い出していると静かに首を絞められた。
「寝惚けた事をいうもんじゃねぇ。黄金帝が気に入ったか?俺に手放してほしいと?」
「…、」
「無駄だ。お前は俺の為に生きて、そして死んでいく。さて、馬鹿げた質問が口に出来るなら教えて貰おうか。テゾーロが側に置いてる女の能力者のカラクリを。」
悪魔が微笑む。だが、ヒスイはその禍々しい笑みに安堵した。これでこそ、ドフラミンゴだ。国を奪い、人を支配する。闇の中で笑う天夜叉。
(でも……あの人の歌は、一度聞いてみたかった、)
ヒスイは求められた解答を口にしながら、瞳の奥ではショーの中心で歌うテゾーロを視ていた。
キラキラとした光の中で、話している時より生き生きとした顔で歌う彼は楽しそうだった。
あの偽りだらけの金色の船で、ただ一つ、真っ直ぐで情熱的なパフォーマンスステージ。尤も、あれを見たいだなんて口にしたら、きっとドフラミンゴはまた怒りを露にするだろうからその光景は記憶の中にだけ留め置いた。
一人になってから、彼女は目を閉じて小さく歌う。
彼がかつて路地裏で歌っていた、淡い希望の物語を。
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2017 04 11
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