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続:視えない君に恋をする(迅 悠一)

穏やかな陽射しに少しだけ目を細める。時計を見る。約束の時間より少し早く着くよう、ヒカルは待ち合わせ場所へ車で向かっていた。連絡先を交換していないから、待たせてはいけないと少しだけアクセルを踏み込む。

連絡先くらい、と思う反面、線引きはやはり必要だと思う。ボーダー隊員は殆どが年若い青年少女だ。彼らの貴重な思春期に安易に足を踏み入れてしまうことは憚られた。


「ヒカルさん、こっち!」
「、迅さん!」


淡く茶色い髪は雑然とした街中でもすぐに分かった。
道路脇に駐車して、駆け寄ってくる迅を待つ。周囲にはどう映るだろう。姉弟。恋人。はたまた友人か。笑顔で助手席に乗り込む彼に、彼女も笑った。


「何か意外だなー。こうやって目の当たりにしても。ヒカルさん、免許持ってたんですね。」
「出身が田舎ですからね。車がないと移動もおいそれと移動も出来なくて。必然的に取ったんです。」
「へえ。」


お邪魔します、と丁寧に座りシートベルトを締めた迅を見て彼女は微笑んだ。昼前で少しお腹も空いた。何処かでテイクアウトを買おうか。彼の食べ物の好みを聞こうとすると、早速ぼんち揚げが鞄から出てきた。


「迅さん、私、途中でお昼を買おうと思うけど。お腹空いてますか?」
「うーん、それなりに?それより、今日は敬語禁止。これからは悠一、ね。」
「…善処します。」


本当に嬉しそうに笑う迅を見て、休日に連れ出して良かったものか内心、彼女は複雑だった。彼の好意においそれと答える事は出来ないのに。気持ちの良い風が彼女の胸を密やかに刺した。

***

約一時間後。車は郊外にある森林公園に停まった。
ファーストフードの紙袋を抱えて車外へ出た迅は、ヒカルを一瞥し少し眉を下げた。子犬がしょんぼりするような様に彼女は首を傾げる。普通のシャツとジーンズを着ているつもりだったが。特に汚れた箇所も見当たらず、彼女は後部座席に置いてあったリュックを背負った。


「なあに?私の服、何かついてる?」
「…いや。スカートが良かったなーって。今日は俺にとってはデートだから。」
「素敵な幻想を抱いてもらっていたなら悪いけど、これが普段の服装よ。スカートも履かないわけじゃないけどね。」
「じゃあ次はスカート着てよ。約束。」


少しだけ肩を震わせて、彼女は言葉を呑み込んだ。返事はしなかった。彼女としては、たまの気晴らしになればと今日は迅を誘った。単独で、厳しい任務を任される事が多い迅が少しでもゆっくり緑でも見てほっとしてくれたら良いと。

(…次なんて、作るつもりない。だって、そんなのこの子を無駄に期待させて縛り付けるだけだもの。)

平日の閑散とした芝生の上に彼女はピクニックシートを広げる。彼女が座ると、迅も少し距離を開けて腰を下ろした。空が青く高い。新鮮な空気をたっぷり堪能した後、ヒカルはハンバーガーの包みを開いた。迅はそれを横目で見ながら幸せそうに目を細める。あまりに視線を逸らさないので、彼女は半分食べたところで気まずくなって顔を逸した。


「…あの、私じゃなくて自然に目を向けてくれないかな。」
「見てるよ。ちゃんと一緒に。ヒカルさんと貴女の好きなもの。」
「…。君には、私の何がそんなに良く見えてるのかな。私、凄く普通だよ。お洒落でもないし、街よりこうやって自然の中にいるのが好きだし。」
「理屈じゃないよ、そんなの。俺、別に外見のタイプとか無いし。…分かってるよ。ヒカルさんが俺を子供として見てる事は。実際、まだ未成年だし。でもそれも後、少しだ。あと少し経てば俺も社会的に成人する。もう学生でもないしね。」
「…」


少しの間、沈黙する。迅は進学していない。母親を亡くしている彼の家庭環境もあるが、彼自身が望まなかったと聞いている。
彼がボーダー一本で働く事は頼もしい限りだが、今しか出来ない若さと学びを彼女は手放して欲しくないと強く感じていた。


「でも、ヒカルさんが勉強教えてくれるなら…大学行くのも悪くなかったかな。」
「え、」
「最近、太刀川さんの先生してるんでしょ?隊員達の間で少し話題になってたよ。」
「…それは忍田本部長から試験前に少し見てやってくれって頼まれただけよ。彼、専攻が同じで単位がギリギリだったから。」
「ズルいなあ、太刀川さん。仕事以外の貴女は俺だけが知っていたかったのに。」


ストレート過ぎて相槌に困る。いつもなら気持ちが落ち着く緑にもちっとも安らぎを感じず、彼女は咳払いして、真面目な話に引き戻した。


「…私個人としては、選択肢を増やすことには賛成よ。君の世界がボーダー一色にはなって欲しくないと思ってる。戦いだけじゃ、心は擦り減る。君はまだ若いし、やりたい事を見つけて他の将来を考える事も今からだって十分出来るし。」
「その未来では、貴女が隣にいる?」
「私はサイドエフェクトを持たない。君の方がその質問に対して答えを持っているんじゃない?」

「だったら凄くイージーだけどさ。何でだろうね。貴女に関しては一度も未来を見た事ないよ。」


迅の声を聞いてヒカルは小さく凍り付いた。悟られないよう、拳を握る。思い出したくない過去が頭を過り、冷たい汗が背中を伝う気がした。ネイバーの侵攻により、街が崩壊した時の記憶。大切なものを失った過去。

(他人のトリオンを■■している。
答えろ。君は、本当にこちら側の人間か?)

―――そうだ。近付き過ぎてはいけない。大切なら、尚更。


「……ヒカルさん?」
「、」


目が合う。揺蕩う碧波色の瞳。思慮深く、どこか寂しげな迅の眼に彼女は囚われそうになった。
気付かない振りをしていたが、いつの間にか彼と居ることが楽しいと感じていた。当たり前のように隣にいられないと分かっているのに。


「……悠一君。私は特別な人を作る気はない。
貴方の事はこれからも皆と平等に大切にしていくつもりよ。」
「それは俺の事、好きになれないって事?」
「いいえ。私には私なりの大切な人の守り方があるという事。貴方が自分の全てを明かさないよう、私も私のエリアがあって信念がある。」

「…俺は貴女が俺の事を知りたいなら、全部教えたって構わないよ。」
「え、」
「俺を嫌ってないなら、この件に関しては往生際が悪くなるから覚悟して。」


唐突に隣から彼女の食べかけのハンバーガーを手ごと包み、迅はかぶり付いた。呆気にとられるヒカルに屈託なく笑う。彼女は少し頬を赤らめて紙袋の中を覗き、ウェットティッシュを取り出した。


「…若いってホント行動力の固まりね。」
「諦めの悪さも実力派エリートの一部なんで。」


ふ、と思わず笑みが溢れる。迅はその表情に目を細めると受け取ったそれで口元を拭った。


「でもさ…俺、貴女が笑ってくれてたら良いよ。最悪、俺を選んでくれなくてもヒカルさんには難しい顔しないでそうやって笑ってて欲しいんだ。」
「…ずるいなあ、そういうの。」


なんて口説き文句をこの男の子は口にするのか。
大人顔負けの台詞に、ヒカルは落ちてしまいそうな自分を内心、叱咤した。このままこの子の隣に居たらどうなるのだろう。思わずそんな未来を少しだけ期待してしまう程に。

ーーーーーーーーーー
2021.10.21

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