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視えない君に恋をする(迅 悠一)

迅悠一の副作用(サイドエフェクト)は少し先の未来を報せる。
故に出会いや別れ、様々な事を先んじて知る時の方が多かった。


「初めまして、迅さん。先日本部配属でボーダーに入隊しましたヒカルです。どうぞ宜しくお願い致します。」
「…へえ。それはどうも、ご丁寧に。こちらこそ宜しく、ヒカルさん。」


初めて本部で彼女を見た時、迅は少し驚いた。副作用が機能せず、ヒカルとの出会いは全く視えていなかった。たまたまだとその時は思ったが、幾度か遭遇する機会でも同じだった。彼女に対しては副作用がいつも機能しない。初めての経験だった。彼女の未来はいつも何一つ見通せなかった。
ヒカルは忍田の管轄する部署で主に働き始め、積極的に他支部の人間と交流を持つことはなかったが、穏やかな気質、そして抜群のフォローアップで入隊してからすぐに担当支部外の隊員達からも知られるようになった。


「ヒカルさん、いいよなあ〜。可愛いし、仕事出来るし。」
「頼れるお姉さん、って言葉ピッタリだよねえ。」


隊員達の雑談の中で彼女の名前があると、迅は少し胸がざわついた。

***

「ヒカルさん、どうも。」
「こんにちは、迅さん。」


柔らかな風のような女性だった。近くにいても掴めない空気感。ヒカルはいつも惜しみ無く笑顔を向けてはくれるが、決して深くは踏み込んでこなかった。
他の人間に声を掛けていても彼女が近くにいると、目が勝手に追うようになった。

ーーー特別に、なってみたいな。この人の。

分け隔てなく接する彼女を見ている内に次第に興味が好意へ変わり惹かれてゆく。迅が気持ちを自覚するのにそう時間は掛からなかった。


「ヒカルさん、ちょっと休憩していくからドリンク付き合ってくれない?」
「え…。あ…じゃあ、少しだけ。」


たまに本部に行く時は迅は必ずヒカルを探して声を掛けた。単独行動の多い他支部の彼が所用もなく声を掛けて来ることに初めは戸惑いがちだったヒカルだが、大きく態度には出さなかった。

『迅さん、またね。気をつけて。』

出会った頃から呼び方はずっと変わらない。距離はだいぶ縮まっていると思うが、彼女は一度も形を崩さなかった。
じれったいと思う感情はあったものの、迅も急ぐつもりはなかったので関係性が変わることはなかった。

彼らが入隊してくるまではーーー。

***

「あ、いたいた。修君。少しいいかな?この前話していた件でこの資料役に立つかと思って…。後、こっちは遊真君の分。千佳ちゃんのはもう少し待ってね。」


任務を終えて、迅が玉狛支部の隊舎で寛いでいた日の事。三雲修に掛けられたヒカルの声に迅は耳を疑った。彼女が玉狛に足を運んでいる事にも驚いたが、未成熟な少年に向けられる姉のような優しい眼差し。普段となんら変わらない筈なのに、たった一言の些細な言葉の変化で迅は心が掻き乱された。


「ヒカル先輩はいつも気配りがすばらしいな。」
「ふふ…、これくらい全然構わないよ。これからも頑張ってね。」


なんだなんだ、少し留守にしていた間に何が起こっているんだ。
当たり前のようにほのぼのとした空気を残して、出ていくヒカルの背中にとてつもない喪失感を感じる。眠るようにソファに身を預けていたせいもあるかもしれないが、自分に声を掛けられなかったのもショックだった。

気がつくと立ち上がり、出て行った彼女を追い掛けていた。もどかしい。未来の視えない、想いびと。ただ追い掛けて姿を探すだけなのに、こんな思いをするなんて。


「ヒカルさん!」
「、じ…迅さん?」


大きな声で名前を呼ばれた事に、彼女は驚いた様子で足を留めた。慌てて彼女は迅の走ってきた方へ引き返す。


「吃驚しました。何かお急ぎのご用でも?」
「…、うん。プライベートで、ですけど。」
「え?プライベート…?」

「ちょっと留守にしてる間に随分、メガネ君達と仲良くなったんだなあ〜って。ちょっと気になってさ。」


ああ、とヒカルは声を漏らす。


「ごめんなさい、そう言えば迅さんがいる時に此処へ来たのは初めてですね。空閑くん、彼、人見知りしないでしょう?少し前に彼から話しかけて貰って色々勉強熱心に聞いてくれるから、私も時々、玉狛に顔を出すようになりまして。支部長間では話は通っているんですけれど、驚かせてしまいましたね。」
「いや、それは別にいいんだけどさ。」
「?」
「……名前。ヒカルさん、今まで他の隊員を名前で呼んだりしなかったでしょ。」


はた、とヒカルの動きが止まった。今まで彼女の穏やかさとは異なる感情はあまり目にする機会がなかったが、明らかな驚きがそこにあった。


「…それは…彼らにそうして欲しいと進言されたからですが。そんな些細な事もサイドエフェクトで気付くんですか?」
「いや。ヒカルさんに関しては一度も使ったことないよ。俺がただ好きで見てるだけ。」
「…、は…?」
「気づかなかった?いや、流石に多少は気付いてたよね。俺が貴女を好きなこと。」


彼女の顔色が青くなりすぐ赤く変わるのに迅は思わず吹き出して笑ってしまった。冷静な表情が崩れた彼女が可愛くて無意識に手を伸ばすが、慌てて距離を取られしまい触れることは叶わなかった。


「…もう。直球でからかわないで下さい。心臓に悪い。」
「や、からかってるつもりないんだけどな。」
「公私混同は仕事に支障が出ますので。迅さんのことはボーダーの先輩として尊敬してます。」
「えーと、遠回しに振られてます?」
「…ボーダーのトップエースと私がどうにかなるなんてあり得ませんから。」
「何で?違うよ。俺、プライベートだって言いましたよね?迅悠一個人としては貴女には価値がないって事?」
「そ、そんな聞き方ずるいですよ。」
「ずるくて結構。俺、歳下だし。」


初めて握ったヒカルの手は想像より小さくて温かかった。無下に出来ず、本当に困っているのだろう。彼女は戸惑った様子で俯いてしまった。


「私は…、私の出来る事で迅さんを守りたいと思ってます。貴方だけじゃなくて、他の皆も。私を受け入れてくれたボーダーごと大切にしたいんです。」
「…じゃあまず仕事時間外は名前で呼んで。敬語もなるべく止めてよ。後から来た遊真達の方が親しげで俺はずっと迅さんのままじゃ虚しくて19歳の少年はもう任務頑張れないな。」
「…なんかキャラ変わってませんか?もう、」


彼女はため息混じりに苦笑すると、優しく迅の手を外した。


「なら……今度の休日、少し緑でも見に郊外へ出掛けようと思ってますが。時間があるなら一緒にどうですか?…悠一君。」
「!任務が無い日なら喜んで。いや、入っててもその日は太刀川さんか誰かにかわってもらおうかな。」
「それは駄目です。公私混同は赦しません。じゃ、今日はもう行きますね。隊舎でゆっくり休んで下さい。」


彼女がくるりと背を向けると、仄かに花の香りがした。
悠一、確かにそう呼んでくれた事が嬉しくて。勢いのままヒカルを抱き締めてしまいたい気持ちをぐっと堪えた。

(厄介だなあ、ヒカルさん。サイドエフェクトが発動しない貴女には本当に19歳そのままでしか当たれない。)

ねえ、さっきのは俺をちゃんと恋愛対象として意識してくれてのお誘いだよね?

遠ざかる背中に声なく問いかける。
相変わらず彼女の未来は一つも視えなかった。

――――――――――――
2021.08.07

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