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Kiss me Good bye08


「不思議よねえ…」


開店前。
ラウンジの掃除をしていたヒカルを遠目に見てマーテルがそれとなく漏らした。
向かいのソファに腰を降ろしていたロアとドルチェットはその言葉に反応する。


「?何がだ、マーテル?」
「あの子よ、あの子。軍人でもないし本当にフツーの子なのに、何で実験対象になんかされちゃったんだか。」


おかしいと思わない…?
言って、肩を竦めるマーテルにドルチェットは顎を掻いた。


「さあ?運悪く、紛れちまったんじゃねえのか。」
「…そうかしら?軍が振り分けもせず、そんな事する?」
「何だよ…やけに勘ぐるな、マーテル。そんなに気になるならあいつに聞いてみりゃ良いじゃねぇか。」
「馬鹿ね。もう聞いたわよ、そんな事。」


冷たい視線を向けられて、ドルチェットは途端顔を歪める。
何で俺が馬鹿呼ばわりされるんだと今にも吠え出しそうな彼を隣のロアが宥め、代わって彼が口を開いた。


「それで…彼女は何と?」
「さあ?自分が何のキメラかすら分からないって。…困った顔して俯いちゃったから深くは聞けなかったわ。」
「おい…お前、あんま虐めんなよ。大体、ヒカルの何が気に入らねーんだよ。」


テーブルの中央に置かれた皿からサラミを一つ取り、ドルチェットは口に放り込む。
店に来てから、時折、他の者より話す機会のあった彼は彼女の持つ柔らかな空気が好きだった。
本来なら、この店にいるような雰囲気の娘ではないので確かに浮いてはいるが、よく気がつくし、やる事を誉めてやれば可愛らしく笑う。
不穏な行動を取りそうな様子など見ている限り微塵もない。
何より……彼女はグリードさんを慕っている。
そんな彼女の何を疑っているのか、ドルチェットは不機嫌そうにマーテルの顔を睨みつけた。
一方マーテルはドルチェットのそれを煩わしそうに躱すと、小さく首を横に振る。


「ちょっと、誤解しないで。あたしだってあの子自体は嫌いじゃないわ。
あたしが気に入らないのは………」


そこで、マーテルは言葉を切った。

外からの客が出入りする方とは逆の扉。
そこからワインレッドのスーツに身を包んだ、長身の男が現れる。

ゾルフ・J・キンブリー。
マーテルはその金色の瞳と視線が重なりかけると、あからさまに勢い良く視線を逸らした。
ロアと、ドルチェットはその様子から彼女が謂わんとした事を悟る。

つまりマーテルはヒカル自体が気に入らないのではなく、彼女に構う男が気に入らないのだ。
キンブリーはそれを皮肉げに嘲笑うよう流すと、店内を一瞥し、ある人物に焦点を当てる。
矛先はたった今、話題にあがっていたヒカルであり、彼女を見て薄く恍惚に細まる瞳に、ドルチェットはぞくりと嫌な感じを覚えた。

(…確かに、な。)

ヒカルにはどうあっても合わない奴だ。
常に異質な空気を纏い、決して他を寄せつけない男。店の女達も彼にはあまり近付かず、彼もまた近寄ろうとしなかった。
ただいつからかキンブリーとヒカルが時々一緒にいるのを幾度か目にするようになった。
何よりも戦場を好み、その手で敵味方なく破壊と死を生み出す、紅蓮の錬金術師、爆弾狂のキンブリー。
そんな男がどうしてまたヒカルに興味を抱いてしまったのか。
ドルチェットは俄に舌打ちしたい気分になった。
キンブリーは薄い微笑を浮かべたまま、静かにヒカルの佇む方へ足を進めていく。
ヒカルはまだその存在に気付かない。
そうして、さらに距離が縮まりキンブリーが彼女に手を伸ばしかけた時。


「ヒカル。」


彼女を呼ぶ声が店内に響いた。
いつかの日と同じ。ヒカルは首を捻り、グリードを。そして近くにいたキンブリーを見つける。揺らぐ瞳。一瞬、固まった後、彼女はキンブリーに一礼してグリードの元へ近づいた。


「グリードさん…、おはようございます。」
「おう。もー夕方だけどな。」


くしゃりと前髪を撫でると、グリードは少しだけ切れ長の眼を和らげる。そしてくすぐったそうにヒカルが顔を伏せた次の瞬間、一度キンブリーの方へ視線を移した。
何も知らないヒカルは無邪気に顔を上げ、その牽制には気付かない。最もキンブリーもグリード達の方を見ておらず、今回は背中を向けたままだった。


「…グリードさん、お腹空いてませんか?何か取って…」
「いや、いい。もーすぐ店が開く時間だ。…おい、マーテル!」
「はい。」
「こいつに適当に飯食わして、部屋送っとけ。」
「!…分かりました。」


ぽん、と肩を押されヒカルはマーテル達の居る席へ促された。
マーテルが彼女が座れるよう空けてやると、失礼しますとまた丁寧に頭を下げてヒカルはそこへ腰を下ろす。

“こいつにキンブリーを近付けさせるな。”

暗に出された命令。奔放な主人にしては珍しく過保護な事だ。少し嫉妬すると同時にそれを嬉しく思う自分がいる事にマーテルは可笑しそうに苦笑した。


「……ま、分からなくもないけどね。」
「え?」
「…何でもないわ。ほら、食べなさい。あんた食が細いから非力なのよ、キメラの癖に。」
「うっ……それは元からです。」
「だから苛めんなって…。」


遠巻きに見ていたあたたかな人の温もりがすく側にある。それをとても嬉しく思うと同時に、ヒカルは罪悪感に満ちていた。

誰にも言えない秘密。
忘れてしまいたい過去。
それらを胸に秘めて、マリスは彼等の前で微笑んだ。

「ありがとう」と「ごめんなさい」

その両方の言葉を、声にならない想いに委ねて離れた席に座るキンブリーをこっそり見やった。
あの一件以来、彼とはまともに話していない。

今夜もその後、視線は交わる事はなかった。
――――――――――
過去log.

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