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→軍服の上着を握り締めて閉じた(鉄血*ラスタル)


※セブンスターズ家の令嬢。
続きというか↑のラスタルsideメイン。


彼女の第一印象はこれといって記憶にない。子供時代にも幾度か顔を合わせているだろうがマグギリスのように特筆すべきところがなかったのだろう。しかし、大人になって、ギャラルホルン内でヒカルを目にした時、ラスタルの足は自然と停まった。

軍では母親の旧姓を用いていた為、すぐにはセブンスターズの人間だとも分からなかった。しかし、化粧をせずとも真剣な横顔は美しく、遅くまで機体の整備を行う彼女を気がつけば彼は遠くから眺めていた。
深く知り合う前は快活そうな少女だった。整備の仕事だけでなく、デスクワークもこなす彼女に労いの言葉をかければ嬉しそうな笑みが返された。素直な笑顔をみたのは思い返せばこの頃が最後かもしれない。プログラミングの才能もあった彼女は技術職の道を歩むと思っていたラスタルだったが、ヒカルは成長すると事務かたの部署へ異動していた。


「オイルを常に触っていては、見合いの席で臭う。手の色も悪くなるからと、…全く。最初に聞いた時は言葉が見つかりませんでしたよ。」
「それは政略結婚というやつですか?」
「私の家は何よりそうさせたいのです。なるべく良家とね。もう後継ぎには優秀な兄がいますから。さあ、ジュリエッタ。お喋りはここまで。申請書類の見直しを一緒にしましょうか。」
「…う。モビルスーツは得意ですが、文字は嫌いです。」
「大丈夫です。その為に私の仕事があるのですから。さ、ペンを持って。」


目下の者に彼女は優しかった。優秀なモビルスーツ乗りとしてラスタルの部下に迎えられたジュリエッタは軍施設で出会ったヒカルになつき、イオク=クジャンとはえらい違いだと彼女の事をいつも自慢気に話していた。
雑談はいくらかは耳に残り、ラスタルはたまに見かけるヒカルを自分では知った気になっていた。

その遠く緩い関係が崩れた切欠は、ラスタルが外のベンチで彼女を見たときだった。珍しく紙の記事を眺めるその姿に、彼はかつての幼いマクギリスを思い出した。強い意思を秘めた瞳。似合わない野心を思わせる視線。ラスタルは遠く空を見上げた彼女から目が離せなかった。

彼女の火星への異動願の話を後に耳にした際、ラスタルの意思は決まった。ただの飾り物にしておくには惜しい。むしろ放っておけば、後にマクギリスのような狡猾な脅威にもなり得る可能性もあるのではないか。ならば、


「身を固めるのに良い女性を見つけました。先方には私から婚約を申し入れようと考えております。」


素早く根回しをして彼女の自由をあっさりと奪った。同じセブンスターズ家とはいえ、彼女は力を持たない末の娘。手筈は容易いものだった。それからと云うもの、見合いの席以外ではヒカルはラスタルをあからさまに避けるようになった。他人の目がない所では笑顔を見せなくなり、目線すらなかなか合わなくなった。そのそつのない手強さと気遣いにラスタルは内心、苦笑した。
対して彼女の家は分かりやすく、ヒカルを飾り美しさを外へアピールし始めた。仕事の合間を縫って、ラスタルも彼女が出席するパーティには可能な限り顔を出した。化粧けがなくとも昔から顔立ちが良いのは知っていた。
媚びない事も。意思が強い事も。本当は優しい人間である事も。近づくほどに自分でも驚くほど欲が沸いた。悪態をつかず足掻くのも愛しいと思うほどに。

(これはもう、俺のものだ)

パーティでワルツを躍りながら抱く腕に力が入る。結婚は出来ない、地球を出ていくと口にする彼女に、逃げるならお前の足を俺は躊躇いなく落とせると告げればヒカルはどんな顔をするだろう。
公衆の面前でたしなめるようキスをすれば、彼女はあからさまに顔を歪めた。


「…先日、ジュリエッタから祝いの言葉を告げられました。貴方と私が結婚するなら嬉しいと、あの真っ直ぐな目で。」
「ほう、」
「外堀はもう殆ど埋まっているというのに。エリオン卿は私を窒息死させるつもりなのですか?」


ちょうどワルツの音が消える。カーテシーをして彼女は自然と離れた。いや、離れようとした。
しかしラスタルはあっという間に肩を抱き、彼女を連れて会場の外へと歩き出した。手が熱い。彼のポケットの内側で聞こえたルームキーの擦れる音にはっとし足が震えそうだった。
柔らかいドレスは身を守るものが何もないようで、彼女は自分を隠すよう左手を右肩にあて俯いた。


「…酷い男だという自覚はしている。君が嫌だと言わない事に漬け込むのだからな。」
「ラス、タル様……、」

「だが、手離す気はない。この先も、ずっとだ。」


好きだった。多分、モビルスーツを整備していたあの頃から。連れられた室内で、刻み付けるよう囁かれる言葉にヒカルは涙を溢した。
愛したくない。こうしてたまに身体を重ねる度に思う。全てにおいて、包み込むように接してくる彼に身を委ねてしまえばもう一人で立てない気がした。
乱暴に力で捩じ伏せる事も出来るのに、触れる指先はいつも温かく優しい気持ちに満ちていた。

ラスタル・エリオンを愛している。

彼に愛されると嫌がおうにもそれを自覚してしまう自分がいて、ヒカルは苦しかった。

(…後、数時間もすれば彼はまた宇宙へ消えてしまうのに。)

はやく仕事に戻りたかった。これ以上、溺れてしまう前に、彼女は軍服を纏って自分の世界へ帰りたかった。


沫のような幸せよりも、欲しいのは。
一人で立つ、確かな足と力。
――――――――――――
2016 11 30

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