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君の分を一欠片くれないか(シュバルツ兄)


※シュバルツのたまの休日話。


久しぶりの休日は正直何をすれば良いか分からなかった。寄宿舎から屋敷へ戻り、家族への挨拶もそこそこに、シュバルツはガイガロスの街へ出た。
軍人としての時間が長すぎると、一人ぼんやりする事すら憚られる。
実家の屋敷にいればそろそろ身を固めて跡継ぎの顔が見たいなど、どこかでよく聞くような話を祖母が急かすように話すものだから、彼はそれを交わしながら努めて良い顔を繕った。

理解はしている。シュバルツ家は代々、高名な軍人一家であり、自身はその嫡男だ。幼い頃から帝国軍人として邁進する事に何ら疑問は持たなかったし、今もそれが自分の道だと思っている。
結婚相手もいずれ家柄の釣り合う、貴族の娘が家にやってくるのだろう。家族と気の合う、清廉な娘であれば文句は言うまい。そう思えど…、心の底では異なる者の存在を彼は密かに望んでいた。


「…あれ。もしかして……シュバルツ大佐じゃありませんか?」


日溜まりの市場から聴こえた声は聞き覚えのあるものだった。いつもの軍服ではなく、ラフなTシャツとスカートに身を包んだヒカルの姿。日用雑貨を手に抱えた彼女は普段よりとても幼く見えて、シュバルツは自然にふ、と笑みを溢した。


「…な、何か変でしょうか。」
「いや。雰囲気が普段と違うものだからな。そちらの方が自然体でいい。」
「…何だか誉められている気がしないのは気のせいでしょうか。シュバルツ大佐も今日は随分軽装ですね。」


少し納得のいかない様子を見せたが、朗らかに笑って彼女は近くへ歩いてくる。紙袋から覗く果物は食卓で見るよりずっと瑞々しく、美味しそうに見えた。
一方、軍施設以外で会うのは初めてで、思わず声を掛けてしまったがヒカルはまずかったかもしれないと内心思っていた。
私服、という事はシュバルツ大佐はきっとプライベートで街へ出てきただろうに結局、軍人の自分といては気が紛れる筈もない。挨拶もそこそこ。早く切り上げて別れよう。そう彼女は考えていたが、


「ひとつ持とう。」


その動作に、彼女は一瞬呆けた後、慌てた。既に彼の腕に収まった袋に彼女は咄嗟に手を伸ばす。赤い顔で突然狼狽するヒカルの理由は解りかねたが、その様子は実に愛らしくてシュバルツはつい悪戯するよう肩に荷物を担ぎ上げてしまった。


「…た、大佐!あの、大丈夫ですから。何かご用で街に出て来られているのでは?」
「いや?少し外の空気を吸いに来ただけだ。たまには目的を持たずに出歩く事も必要かとね。」
「そ、そう…ですか…。」
「そういえば喉が乾いたな。ヒカル、時間があるなら少し付き合ってくれないか?」
「……楽しんでますか?シュバルツ大佐。私が大佐とお茶なんてとても無理ですよ。」
「またそれか…。トーマとは何処へでも一緒に行くのに、私はたまの休日ですら大佐と呼ばれ少しのお茶にすら」
「わ、解りました!行きます!行きますから!でも自分の荷物は自分で持ちたいので返して下さい。」


トーマが羨ましい。彼女を隣で見ていると、率直にそう感じた。荷物を返しながら、思う。トーマにならきっと気兼ねなくヒカルはこれを預けるのだろう。家柄も、位も関係なく、仲の良い友人として傍にいる彼にシュバルツは少なからず嫉妬した。

彼女が、カールと、名前で呼ぶ日はきっと来ない。


「ありがとうございます、シュバルツ大佐。」


それでも、青空の下。微笑むヒカルを見つめているとカールは優しい気持ちになれた。

君が欲しい。本当は。
その本心を口に出す日は訪れはしないだろうけれど。
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2014 09 15

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